第37話 女狐

 呼び止められた会議室では、ヨハンの対面にセリーヌが優雅に腰を下ろした。控えていたレイレが二人の前に紅茶を入れておいてくれる。


「ありがとう。レイレ」

「いえ、当然のことをしたまでです。では、私はミリューゼ様の下に戻ります」

「ええ、ありがとう」


 綺麗なお辞儀をするメイドさんは仕事を全うして去って行った。音なく気配もないレイレは、六羽に数えられるに十分な実力を持っている。


「さて、ますは妹がお世話をかけたみたいで、ごめんなさいね」

「いえ、自分は何も」


 カンナに聞かれた時とは違う。背筋に冷たい汗が流れる。ただ、マルゲリータには随分と手を煩わされたのは間違いない。


「そう……言ってもらえると助かるわ。歳の割に大人なのね」


 先ほどのやりとりとは違う謙虚な物言いに、セリーヌの方が驚いた顔をしている。


「いえ、そんなことはありません」


 セリーヌの意図を理解できない。


「あの子は昔から頭が良い子だったの。魔法の才能にも恵まれていたしね。親から可愛がられてもいてね。そんなときかしら?出会った平民の子供達に、あの子がからかわれたのわ。あの子は怒ってしまって魔法を暴走させてしまってね。とても大変な事件だったのよ」


 セリーヌの言葉ではあまり大変そうには聞こえない。世間話をするように、妹の過去を暴露するのはどうゆう了見なのか?何故、身の上話を聞かされているのかわからない。何より、話が長くなりそうなので……帰りたい。


「本当に大丈夫です。マルゲリータ様には魔法師団の心を教えて頂きました」

「あら、そうなの?」

「はい。第三魔法師団が何を目的にして。何を目指いしているのか。心構えを教えていただきました」

「そう。まぁ、それならいいんだけど」


 明らかに妹と俺の中を取り持とうとしているセリーヌ。俺が話を切ったことは察してくれたらしい。今度は本題を話してくれた。


「あなたに残ってもらったのは、遊撃隊を率いてもらおうと思っているの」

「遊撃隊ですか?」

「そうよ。その遊撃隊には直接私が指示を出します。あなたには私の命令を遂行するために動いてほしいの」

「どうして俺なんですか?」

「当たり前の質問ね。まずは、あなたも先程会ったから分かると思うけど。私達の中でそういう任務を得意としているのはサクラなの。でも、サクラには今回カンナに付いてもらったわ」


 何を言いたいのか、段々とわかってきた。


「では、トリスタント様では?」

「そうね。彼女なら上手くやってくれると思うわ。彼女は長くカンナの下で働いてくれていたし、そのせいで苦労してくれている。戦略にも精通していて大軍を動かすことになれているの。

 まぁだからこそ勿体無い気がしたのよ。裏方をやらせるよりも表舞台の方があの子は役立つってね」


 この人は合理主義なのだ。人を使うとき効率がいいか、そうじゃないか。それを考えた上での結論を常に持っている。


 俺がトリスタントのように大軍を動かすことなどできない。


「遊撃隊を指揮するのは構いません」

「良い判断ね。では、あなたには遊撃隊として500人を任せます。彼らを手足として使ってみなさい」


 試すような物言いに、セリーヌの意図を測りかねる。


「どうして、セリーヌ様は俺に?」

「あなたがミリューゼ様に見込まれた人だからよ。私はミリューゼ様の副官としてあなたを見極める必要があると考えています」


 セリーヌも基本はマルゲリータと同じなのだ。彼女達六羽の中心にはミリューゼ様がいる。


「そうですか。あなたもマルゲリータ様と同じなのですね」

「同じ?」

「いえ、遊撃隊の任務お受けします。俺でできるならですが」

「良い心がけね」


 返答に満足したセリーヌはレイレが入れた紅茶を飲みほして立ち上がる。


「出撃は三日後よ。500人の内、100人は魔法師団から、残り400人は騎士師団から配属します。

 辞令は今日のうちに出しておくので、明日第三演習場に正午です」

「わかりました」

「もし連れて行きたい子がいるのなら、今受け付けるわ」

「では、魔法隊のリンを、彼女を俺の補佐につけてください」

「魔法隊の子を?それは賛成しかねるわね」

「あの子には才能があるんです。多くの経験を積ませたくて」

「子供に人殺しをさせたいの?」


 軽蔑するような目でセリーヌが俺を見降ろしている。


「俺を見縊らないで頂きたい」


 むしろ、そんなセリーヌの視線をバカにする。


「どういう意味かしら?」

「あなたはリンを子供だと言った。だが、リンはすでに覚悟を決めている。軍人として、国を守る者として、覚悟を持った者をバカにしないで頂きたい。

 魔法隊も従士達も覚悟を持っている。そこに大人も子供も関係ない。あるのは強い意志だけです」


 セリーヌは驚いたように目を見開いた。そして、数秒の間黙った後、ふぅ~と息を吐く。


「たしかにマルゲリータではあなたの相手をするのは荷が重いかもしれませんね。本当にあなたは14歳なのかしら?幾度か人生を経験した老獪のような雰囲気ね。

 その実自身を律する謙虚さを持っている。あなたは何者なのでしょう?」


 セリーヌが俺の瞳を覗き込むように顔を近づけてくる。


 綺麗なお姉さんに見つめられて素直に照れてしまう。


「ふふ。そうかと思えば年相応に照れるのですね」

「あなたを見極めるのが楽しみね」


 セリーヌは踵を返して会議室から出ていく。


「どうにも女狐と化かし合いをした気分だな」


 セリーヌはまだまだ腹の底を見せていない。恐ろしい女だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る