第32話 報告

 共和国兵との遭遇戦を辛くも勝利したヨハン一行は騎士ガッツと合流して王都への帰路を急いだ。

 合流した騎士ガッツは血みどろの姿で戻ってきた。戦闘が熾烈を極めたことは虚ろな目を見れば分かることだ。

 

 門の前には相変わらず人が並び、王都へ入るために賑わっていた。戦争など微塵も感じさせぬ雰囲気に、共和国の魔の手は王都までは届いていないことに安堵の気持ちが込み上げてくる。


 門兵に所属証を見せ、門兵が使っているシャワーを借りた。


 ルッツは敵に倒されたことで泥が着き、ガッツは血みどろの姿でいる。その姿のまま街中に入るのがはばかられた。女の子であるリンもそうだが、俺自身もシャワーを浴びたかった。


「準備はいいか?」


 体を綺麗にしたリンを待ち集合場所に向かう。鎧を脱いだガッツとルッツが軽装で待っていた。

 リンも髪が乾かぬうちに出てきたのだろう。髪から水しぶきが上がっている。風魔法に火魔法を少々加え、温風でリンの頭を乾かしてやる。


「器用な奴だな」


 ルッツは先程の戦闘で打ち解けたのか、睨むのではなく感心するような視線でリンの頭を乾かしている俺を感心そうに見ていた。

 大分魔法に慣れてきたようだ。慣れたと言うよりは、応用が上手くなってきたと言った方が正しい。ヨハンの魔法は初級の者ばかりなのだ。中級や上級を覚えたいとも思うが、今は十分に役立っている。


 イメージすることでドライヤーの役目が出来たり、探索との応用で命中率を上げたりできる。

 便利な道具をイメージすることで魔法にも応用が利くようになってきた。


「魔法はイメージだからな。考えるだけで、応用できる」

「便利な物だな」

「あの~ヨハンさん。もう大丈夫です」


 リンは頭を撫でられていることに耐えられなくなったらしい。顔を赤くして何度も頭を下げて礼を言われる。


「うむ。行くとしよう」


 辺境伯と会った後からガッツの様子はおかしかった。上の空になっていると言った方が正しい。心ここに非ずであり、遭遇戦のときも隠れてやり過ごすこともできただろうに、判断を誤っていた。

 王都に帰れば問題はないだろうが、どこか不安を感じずにはいられない。


「はい」


 ガッツを先頭に宿舎に向かって歩き出す。宿舎に帰ってそれぞれの団長に報告するためだ。人通りが多い露店商は避けて、裏路地から帰ることにした。

 裏路地には小さな噴水があり、憩いの広場になっている。吟遊詩人が歌い、酔っ払いが酔いを醒ます。そんなありふれた光景が見られる。

 

 宿舎近くまで来ると、ガッツが振り返った。


「辺境伯との約束事のため、今回のことは我々だけの秘密とする。いいか?」


 ガッツがこちらに意見を求めてきたのは初めてのことだった。先程から上の空だったのは、そのことについて考えていたからだろう。


「ええ。騎士ガッツ殿にお任せします」

「うむ。他の二人も良いな?」

「はっ」

「はい」


 ルッツは敬礼で、リンは言葉を発することなく首を縦に振る。


「うむ。では、臨時の隊を解散する」

「お疲れ様でした」


 ガッツの言葉に俺が言葉を返せば、ガッツはそのまま背を向けて歩いて行った。


「なんだが、大変なことになったな。また会うことがあれば今度は俺がお前を助けるよ」


 ルッツは遭遇戦での出来事を借りができたと判断したらしい。気にすることはないと思うが、借りだと思ってくれるならありがたい。返してもらうときは倍返ししてほしいものだ。


「ああ、その時は頼む」

「おうよ。それと……リン殿、道中女性に慣れておらず、嫌な思いをさせたと思います。どうかご勘弁ください」


 第一隊は女性がほとんどいないという。そんな場所で出会ったリンが気になって変な行動とっていたらしい。


「いえ、私の方こそ人見知りですみません」


 互いに頭を下げ合う光景は案外似合いの二人ではないだろうかと思う。初々しい二人に微笑ましく見つめる。


「では、またの機会に」


 ルッツは最初の飄々とした印象ではなく。案外律儀堅く、真面目な男だった。


「俺達も帰るか」

「はい。お供します」


 リンは最初から最後まで、補佐として徹していたことを思えばいい働きだった。


「ありがとな」

「えっ!」

「いや。ここまでリンのお蔭で助かった」


 親父のことや色々を思い浮かべ礼の言葉が出てきた。


「いえ、私は何もしてません」


 リンは顔を赤くして俯いてしまった。なんだが恥ずかしくなり、宿舎までは無言で歩いた。


「俺はこのまま報告に行くから、ここで解散だ。また何か任務のときは頼むな」

「はい。私もヨハンさんの力に成れるように頑張ります」


 リンに頭を下げられ見送られながら、第三師団宿舎へと入っていく。


「随分と慕われたものだな」

「ウワッ!あんた趣味が悪いな」


 俺が中に入るとジェルミーが待ち構えていた。


「何を言っているんだ。俺がここにで立っていたらお前がイソイソと入ってきたのだろう」

「はいはい。俺が悪かったですよ」


 こんな軽口が叩けるのも、俺が横柄なだけでなく。ジェルミーの人柄によるところが大きい。


「うむ。それでどうだった」

「報告は団長室でもよろしいですか?」

「わかった」


 雰囲気が変わったことを察してくれたらしい。すぐに俺達は連れだって団長室へと移動した。


「それで、何があった?」

「まず、辺境伯様に会いました」

「辺境伯様?」

「ああ。辺境伯様です。そこで口止めされたことがあります」

「それは穏やかじゃないな」

「はい」


 辺境伯に口止めされていることを告げた。もちろん、内密と言われた内容は隠すことも伝え話した。魔族化というよりも魔族に操られた人がいたこと。村が襲撃を受け、それを撃退したこと。そこに現れた辺境伯から、情報として共和国が不穏な動きをしていることを報告した。

 紅い目の青年のことだけは伏せておく。それが辺境伯との約束に思えたのだ。 


「はぁ~相変わらず。お前は面白い奴だな」


 話を聞き終えたジェルミーは感心していた。


「何がですか?」

「どこに行っても問題を抱えて帰ってくるのだからな」


 腹黒いジェルミーが言えば、嫌味にしか聞こえない。その表情は本当に面白いと思っているのも事実らしい。


「わかった。王女様には俺の方から報告しておこう。今回の任務は以上で達成だ」

「特別報酬の方は?どうなります?」


 一番大事な話。


「もちろん報酬も弾むさ。共和国の情報だけでも十分な価値がある」

「ありがとうございます」

「まぁ、ゆっくりもできないと思うが、しばしの休息をとってくれ」


 ジェルミーに一礼して退室した師団長室では、ジェルミーが一人で深々とため息を吐いていた。

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