第30話 強き者
森全体に響いているのではないかと思うガッツの声に応えるように姿を現すまで、時間を空けた。
圧倒的な強者を直視したことで、腰が抜けてしまっていた。
「ヨハン!貴様何をやっておるか!」
森から出ると聞きなれてきた怒鳴り声に出迎えられる。
ガッツ達は森には入らず、入口で待っていたらしい。賢明な判断だ。
「お騒がせしました」
何もなかったように軽い挨拶をする。
心配そうな顔をしているリンを安心させてやりたかった。
「バカ者が!貴様はチームの意味を何もわかっておらん。自分の力を過信しすぎだ」
そこからは騎士ガッツのお説教タイムが一刻ほど続いた。
村長の家に戻ったときには、朝の空気が村全体を包み込み。
昨日の事件が嘘のように空は晴れていた。
村長宅には村長の他に、三人の人間が待っていた。
一人はランスの父親であるハンス。残りの二人の内、中央の椅子に老人が座っている。もう一人はハンスよりも少し若い男性が立っていた。
「君達が王都から派遣されてきた者達かね」
部屋に入ると、老人から話しかけられた。
先頭に入ったガッツが受け答えを担当する。
「私は王国第一騎士団副団長ガッツであります。名のある貴族の方と心得ますが?」
「いかにも、この地の領主をしている辺境伯ベルリングである。隣に立つのは息子のリロードだ」
「はっ、ご挨拶頂きありがとうございます。恐れ多いことです」
先程まで説教をしていたガッツはどこにもおらず。
ガチガチに固まったオッサンがいるだけだ。それも仕方ないことだろう。
この国には逆らっていはいけない人間が王以外に三人いるという。
一人は第一軍将軍であり、軍を総統括している元帥様。
もう一人は王国の王と並び国の実権を握る宰相。
そして最後の一人が目の前にいる辺境伯ベルリングその人なのだ。
辺境伯には数々の伝説がある。
一人で帝国と渡り合い、王国から追い出したとか。
魔族が暴走し、世界を混乱に陥れた際に勇者となって世界を救ったとか言われている。
実際の話かどうかはわからないが、生きる伝説が目の前にいるのだ。
ガチガチに固まるのも仕方ない。
「そう、堅くならんでもいい。事情を少し教えてほしいだけじゃ」
好々爺のような笑顔で語る辺境伯だが、存在感が半端ない。
魔力量や覇気と呼ばれる強さを表すバロメーターが、ステータスを見てもいないのにビンビンと感じる。
「はっ!ありがたきお言葉」
「どうにも堅い奴じゃな。後ろに控えて居る者はどうじゃ」
視線がルッツに止まる。
ルッツもガッツと同じように直立不動で硬直していた。
それを見た辺境伯はため息交じりに視線を移して俺を目にとめる。
緊張はするが、二人ほど固くはならずに済んだ。
「ヨハンです。王国第三魔法師団副団長をしております」
「ふむ。お主はどこかで見たような気がするのぅ~」
「この村にいるテハンの子です」
「おお、テハンの子か。大きくなったな。昔はワシのことをジイジと呼んでくれたものじゃ」
辺境伯は孫に会ったお爺ちゃんのように嬉しそうな顔になる。
「覚えて頂き光栄です」
「うむ。立派になったものじゃ。テハンも良く自慢しておったが、自慢されるだけの逸材であったか」
親父が自慢していた?辺境伯の言葉に俺は心の中でざわめきが生まれる。
「ありがたきお言葉」
「ふむ。では、状況を聞かせてくれるか」
「はい」
昨晩から森で見たことまでを村長宅に集まった者達へ聞かせた。
話を聞き終えた辺境伯は目を瞑り、ガッツに視線を向ける。
「だいたいの状況はわかった。それで騎士ガッツよ」
「はっ!」
同じ部屋にしばらくいたせいか、ガッツの返事にも先ほどよりも余裕が感じられる。
「この件はこちらで与らせてもらおうと思う。貴殿らにはお帰りいただきたい」
「はっ?」
辺境伯の言葉にガッツは意味がわからなかったようだ。
返事をしているのか、聞き返しているのか、分からない言葉を返した。
「犯人に心当たりがあるものでな。
この件はワシが片をつけたいと思ったのじゃ。いかがかな?」
「しかし、我々にも任務があります」
「うむ。では、こうしてはどうじゃろうか。
現在共和国に不穏な動きがある。時期に戦争を開始するじゃろう。
それをワシから聞いたと報告しに帰ってきた。
その報告と共にヌシはここで騒動に遭遇したが、上手く沈静化したことにしてくれんか?」
辺境伯の顔に先程までの笑顔は消えている。
有無を言わせぬ雰囲気を醸し出していた。
「わっわかりました。私は戦争の話を王に報告するため帰還いたします。
辺境では村人の小競り合いを目撃しました。問題はなかったと報告いたします」
ガッツの額に大粒の汗が流れ、必死に言葉を絞り出す。
「うむ、騎士殿よ。良い判断をしてくれた。では、今から宴としよう」
辺境伯様が持ち込んだ食料や酒を村人に配り、村人の弔いも兼ねて宴が設けられた。
死体となった者は村の中心に運ばれ焼かれていく。村人を弔う人々で焚火を囲んで酒を飲む。それが戦で死んだ者への弔いの仕方だった。
今回は不可解な事件だった。
それでも戦で死んだとすることで、その霊は位が高いモノと判断される。
一日行われた宴を終えて最後の朝を迎えると、教会から神父がやってきて祈りを捧げた。
宴の最中、俺は親父の背中を見つけた。
「親父」
「随分と活躍したみたいだな」
辺境伯と話してきたのだろう。親父はどこか誇らしそうに笑っていた。
「何もできなかった。嫌、むしろ俺は恐かったんだ」
辺境伯にもリンにも話さなかった。自分だけの恐怖を親父に話していた。
紅い瞳を向けられ、息を潜めて隠れることしかできなくて恐かった。
誰にも言わないでおこうと思っていた。
それでも親父の顔を見ると、いつの間にか言葉にしていた。
「そうか……ヨハン、ちょっと付き合え」
俺の話が終わると、親父はついてこいと言った。
二人で丘を登ると親父が腰に下げていた斧を抜く。
「お前も持っているだろ」
親父に言われるがまま斧を抜く。
「構えろ」
言われるがままに斧を構える。
昔を思い出して照れくさくなるが、顔を上げた瞬間、昔の記憶など吹き飛んだ。
「お前が踏み入ったのはまだまだ序の口だ」
親父の闘気が膨れ上がり、本気で殺す気で放たれる殺気が俺に降り注ぐ。
俺は初めて見る親父の戦う姿に恐怖した。
俺は知らなかった。
親父がこんなにも強いなんて……強者という存在が身近にいることを……
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