第28話 襲撃者

 親父に苛立つ、ヨハンとしての感情を押し殺して、ガッツたちが待っている村長宅に向かった。

 リンの俯いた顔が見えないため、どんな顔をしているのかわからない。気を遣わせてしまっと思い、怒りが収まって冷静さを取り戻してきた。


「すまないな。変なところを見せちまって」

「いえ、聴いてもいいですか?」

「なんだ?」

「お父様と仲が悪いんですか?」

「いや、悪くはなかった。親父には色々な遊び方や戦い方、斧の使い方も親父から習った」

「じゃあ、どうして?」

「俺が親父を裏切っちまったんだ。ランスと一緒にこの村を飛び出したから怒ってるんだろうな」


 俺の言葉にリンは考えるように黙り込んだ。そのうちに村長宅について馬を預ける。村長の息子で、前は俺をアホ呼ばわりしていた奴に出迎えられる。


「よろしくお願いします」

「ヨハン、出世したんだな」

「ああ」


 仕事中であることを強調するように丁寧な口調で受け答えをする。話の内容は適当に相槌を打ち、馬を預けて中に入った。

 親父のせいで気分が悪い。中に入ると村長とガッツが話していた。


「本当に問題はないか?」

「はい。今のところ噂程度の出来事ぐらいです。村人同士の争いはたまにありますが、問題にするようなことはありません」


 どうやらガッツが村長に事情聴取を行っていたらしい。俺も混ざった方がいいだろうが、今はそんな気分に慣れない。


「すみません。ただいま戻りました」

「うむ。どうした、顔色が優れないようだが」

「いえ、初めての馬に疲れたのだと思います。少し休ませていただきます」

「うむ。本格的な調査は明日からだ。今晩は早めに休め」


 ガッツも俺の顔色を気遣ってか、休むことを承諾してくれた。


 そのまま与えられた部屋のベッドに倒れ込むように眠りについた。リンは心配そうに俺の背中を見送っていた。


「引くな!」

「キャー!!」

「どうなっているんだ!!!」


 怒声や悲鳴が聞こえてきて、俺は覚醒した。夢かと思いながらも、目が覚めても声を荒げている者がいる。


「ヨハンさん!襲撃です」

「襲撃?こんな村を襲撃する奴がいるのか?」

「それが……村人が他の村人を襲っているんです」

「何っ!」


 リンの言葉に驚きながらも、支度を整えて家を飛び出す。村長宅前にはガッツとルッツの二人が武器を構えていた。


「何があったのですか?」

「わからぬ。我々も村人が上げる怒声や悲鳴に気付いて先程目を覚ましたのだ」


 ガッツの返答に俺は周囲の状況を把握しようとする。村人同士で武器をぶつけ合い殺し合いをしている。


「この村にはこんな風習があるのか?」

「ありませんよ」


 どうなっているのかわからない。詳しい状況を知りたい。


 誰か真面に話ができる奴はいないのか?ふと親父の顔が浮かぶ。首を横に振りありえないと思い直した。

 アホなヨハンの親なんだ。状況を聞いても説明できるはずがない。


「とりあえず村長を探しましょう。この状況を説明してもらわねば」

「そうだな。俺とリン殿、ルッツとお主で別れるぞ」


 前衛後衛の組み合わせを考えての分け方だろう。しかし、この状況でリンから離れるのは危険だと感じだ。


「すみません。リンは俺が連れて行きます。連携も取れているので、その方が安全だと思います」

「しかし、前衛がおらんで大丈夫か?」

「俺は元々戦士です。前衛ですよ」

「うむ。確かに私とルッツも連携はとりやすい。わかった。その案を採用する」


 二手に変われて村長を探す。


 別れた瞬間に目が虚ろな男がリンに襲い掛かる。


「リン、危ない」


 咄嗟にリンを庇い斧を振るう。男にとっさだったのでスマッシュを使ってしまった。男を見ればすでに絶命している。

 見知った村人を手にかけてしまった後味は悪い。


「すみません!」


 リンは慌ててロッドを構えて態勢を整える。この状況では一人の人間を探すのは困難だ。何よりどこから攻めて来られるのか、誰が敵なのかわからない。


「リン、俺の家に行くぞ。村長がどこにいるのか分からない以上。

親父かお袋に状況を聞く」

「はい。お供します」


 嫌々ではあるが見知った人物に話を聞くしかない。リンと供に背中を預け合うように警戒しながら歩き始める。

 先導して歩くが、リンの見えていない範囲を見るためにいつも以上に警戒を強める。


「オヤジー!」


 俺の家が見えてくると、オヤジが三人の男達に取り囲まれていた。暗くて誰が誰やらわからない状況でも、親父の存在だけはわかった。

 必死に翔る。右手に炎の魔法を唱え、一人の男を灰にする。左手で手投げ斧を掴み、もう一人に投げつける。リンからも魔法を唱える声が聞こえてきた。


「来るんじゃねぇ!」

「キャー!」


 オヤジの声が響くと同時に、リンから悲鳴が上がる。俺は一瞬迷った。迷って振り返り、手投げ斧をリンに襲い掛かっている奴に投げつけた。

 もう一度振り返ると、男を斧で真っ二つにしている親父がそこにいた。


「オヤジ……」


 呆然としてしまう。


「バカ息子!ここは戦場だ。ボケッとするな」


 オヤジの叱咤で俺も意識を覚醒させる。


「うるせぇ!息子が親父の心配して何が悪い!」

「はっ。バカ息子に心配されるほど、俺はヤワじゃねぇよ」


 そう言う親父は傷だらけだった。今まで家族を護って戦っていたのだろう。親父の後ろに家が見える。お袋や弟たちは中にいるはずだ。


「いいから、黙れよ。ヒール」


 俺はオヤジの傷口を回復させる。


「回復魔法まで使えるようになったのか?そういえばさっきも炎の魔法を使っていたな」


 あの状況で俺のことが見えていたらしい。


「王都で生きていくためだ」

「そうか……」


 オヤジはそれ以上質問をしてこなかった。ただ黙って回復されるのを待っている。その間も村の方に視線を向けているのは、警戒を解いていないからだろう。


 オヤジのこんなにも精悍な顔はヨハンの記憶にもなかった。

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