第24話 新たな火種
ランスが所属している第一師団従士隊は、良く言えば実力至上主義であり、悪く言えば脳筋集団の集まりである。
隊の規則として髪は短髪、時間があれば己の身体を鍛える。それだけだ。
男臭さ溢れる隊内の会話と言えば、戦闘に関することがほとんどでどうすれば強くなれるか話されるばかりだ。
ランスにとっては素晴らしい環境であり、女っ気がまったくないので緊張することもない。
「ここなら思う存分自分を鍛えられる」
ランスは夢のような環境に喜びを感じていた。
もしここにヨハンが居たならいけないお兄さんの巣窟に吐き気を覚えたことだろう。
ムキムキマッチョなお兄さんに迫られる夢をみたかもしれない。
だが、ランスの同室となった者は男爵家の三男でフランと言う。
見た目は中性的な美少年と呼べる線の細い少年であった。
「よう、ランス飲んでるか」
途中採用であるランスの歓迎会だと、従士隊のメンバーで飲みに繰り出していた。
従士と言っても、30に手が届きそうな年齢の者もいる。
そのためただ飲みたいだけじゃないかと言いたくなるが、陽気な雰囲気にランスも悪い気はしない。
「おう。飲んでるぞ。ルッツ」
「今日は俺の奢りだ。お前の歓迎会だからな」
ランスの肩を抱きながら、奢りだと叫んでいる同い年の少年はルッツ。
名誉騎士の息子であり、名誉騎士とは貴族の一端を担ってはりが、一代限りの貴族であり息子は称号を受け継ぐことができない。
そのため第一軍に所属し、騎士になるために励んでいるのだ。
平民ではないが、このままでは平民になるという。
貴族と平民の間で生きているような男がルッツだ
「まさか、こんなに歓迎してもらえるなんて思わなかったぞ」
「当たり前だろ。お前は戦争を未然に止めた大英雄じゃねぇか。俺は誇りに思うぞ」
ルッツは熱い男だった。
ランスが戦争を止めた功績を認められ第一軍従士隊に配属されたことを知ると。
よくやったと肩をバンバン叩き、素直に褒め称えたのだ。
貴族との接し方について考えていたランスの方が面食らったほどである。
ランスにとって裏表のないルッツは嫌いじゃないタイプだった。
「ありがとう。あとはそれに見合う力を付けていくよ」
「一緒に頑張ろうぜ」
ランスは今までヨハンと背中を預け合い戦ってきた。
このルッツとならば同じ戦場に立ってもヨハンと同じように背中を預けられるとどこか確信を持てた。
「今日は飲むぞ!」
ランスは改めて杯を傾け一気にエールを飲み干した。
寡黙なフランが、ちびちびと飲み。
そんな二人の肩を組んでルッツが笑い声をあげる。
第一騎士団の三バカが知り合った日となった。
♢
「ミリューゼ様、申し訳ありません」
深夜に差し掛かる近衛騎士宿舎では、王女であるミリューゼの部屋でマルゲリータが頭を下げていた。
「あの時、あなたが叫んだのは失策ね。シー」
「はい。何故だが、アイツを見ていると自分の感情が抑えられなくなってしまって……」
「シーが感情的になるなんて珍しいことだけど。ヨハンは私が見込んだ男ですよ」
「はい」
ミリューゼの言葉に項垂れたマルゲリータに、ミリューゼもこれ以上言っても仕方ない沈黙する。
ヨハンというイレギュラーな存在に随分とかき回されたと思いはミリューゼにもある。
ただ、その誤算こそミリューゼにはヨハンを面白い思わせていた。
またヨハンと供にいたランスという少年が自分の心に気になる存在として少なからず変化をもたらしていた。
「ランスと言ったか……」
「はい?」
「いや、なんでもない」
ミリューゼの呟きに、マルゼリータは聞き漏らしたと質問を投げかける。
自らが何を考えていたのか、わからないと首を振りミリューゼは言葉を濁した。
「さぁ、団長職を下りたのだ。近衛隊として働いてもらうぞ」
今までは団長職ということもあり、頼めなかった仕事を任せようとミリューゼは嬉々とした表情をしていた。
「かしこまりました」
マルゲリータもミリューゼの物言いに落ち込んでいた気持ちを引き締める。
敬愛するミリューゼのために働く喜びを思い出していた。
♢
エリクドリア王都近郊に作られた貴族の屋敷。
そこに招き入れられた黒騎士は目の前に座る男にある情報を売りに来ていた。
「それは本当なのだろうな?」
「ええ、間違いありませんよ」
「それが本当ならば私が王になることも夢ではない」
目の前に座る男は、身体に蓄えた脂肪を揺らしながら口角を釣り上げた。
「そうです。あなた様こそが王に相応しい。
この地は古くからエリクドリア王族が支配してきましたが、それを支えてきたのは辺境伯の家系である。あなた様です」
黒騎士を出迎えた者。
それは帝国との国境を護り続けた王国の盾である辺境伯ベルリング家の者だった。
「良く回る舌だな黒騎士よ」
「私など単なる小物でしかありませんよ。本当のことしかお話できません。
この力はあなた様のモノです」
「お前が持ってきたアイテムと情報はありがたく受け取らせてもおう。
これが本当にそれだけの力があるかも試させてもらうがな」
「もちろんですよ」
黒騎士は商人顔負けの笑顔でガルッパ・ベルリングに頷いた。
「この国を我が手に……」
夢見る少年のような瞳をしているガルッパは、目の前に置かれている剣を掲げた。
剣は蝋燭の明かりを受け、怪しく光を放っていた。
そんなガルッパを一人残し、黒騎士は屋敷を後にする。
屋敷を出たはずの黒騎士が去っていく姿を、ガルッパ以外見る者はいなかった。
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