第10話 第三魔法師団
王国お抱えの治療師の診断で、それから三日で完治と診断された。
兵士宿舎は情報の宝庫である。兵士の階級の上げ方から、派閥や他の国の状況まで聞き耳をしているだけで聞こえてくる。
配属することになった第三魔法師団は、ゲーム内ではそれほど詳しく取り上げられていない。そのため情報を事前に調べたところ、ミリューゼ王女様直属の魔法師団であることがわかった。
「本当にここであってるんだよな?」
建物は兵舎というよりも、貴族の屋敷と言った方がしっくりくる。
とにかく豪華で門のところで見上げて呆然としてしまうほどだ。
余談だが、アリスも見舞いにきてくれたらしい。帰ってきた直後で、鎧も武器もボロボロで意識の無い姿を見て、卒倒していたとランスが教えてくれた。
「すみませ~ん」
恐る恐る屋敷の中に入って行く。凄腕の老執事が出てきて出迎えてくれそうなお屋敷は、玄関を開けると中央階段があるエントランスになっていた。
「うん?貴様は誰だ?」
エントランスには老執事の代わりに、神経質そうな男がいて睨まれる。
「えっと、今日付けでこちらにお世話になることになりました。ヨハンといいます」
「ああ、確かミリューゼ様に取り入った平民か」
取り入ったという言葉に、若干の悪意を感じてイラッとする。
「聞いてる。ついてこい」
神経質そうな男は連れられて、二階の一番奥の扉に通される。部屋の中にはマルゼリータが座っていた。
「来たわね」
「はい。本日付けで着任しました。ヨハンです」
「あなたに忠告として、我が魔法師団のモットーだけ教えておく。我が隊はミリューゼ様のためにある。ミリューゼ様のために魔法を研究し、ミリューゼ様のために魔法を行使する。
いいかしら?あなたがミリューゼ様の命を救ったからと言って調子に乗ることなく。以後勝手な行動は慎むように」
命令口調のお嬢様に若干の苛立ちを覚えるのは悪いことだろうか。
「それで給金はいかほどいただけるのでしょうか?」
主人公であるランスと離れてしまったのだ。別に必死に騎士を目指す必要もない。
人差し指と親指で丸を作り、お金の話を振ってみた。貴族のお嬢様からいれば意地汚く見えることだろう。
ランスが居れば絶対に頭を叩かれていただろうな。なんだかんだ言いながら、ヨハンになった俺はランスが好きだ。
あいつの暑苦しいところが好きで、騎士になるために純粋なところが好きだ。だからこそ普段はランスとの友情を大切にする。奴が主人公として活躍する恋愛ゲームだから身を引いていた。ランスがいないのであれば引く必要はない。
この世界を現実として生きていくと決めたのだ。俺は騎士に向いてない。騎士になるのはランスで、この国を救うのもランスの役目だ。
これが現実の世界で生きて行かなくちゃならなないなら、老後まで安泰に暮らせる金がいる。
「下衆ね」
案の定、俺の質問に対してマルゼリータ様は汚物を見るような視線を向けてくる。世間知らずのお嬢様。それが俺がマルゼリータに下した評価だ。
「生きていかなくてはいけませんので」
「そう。ハッキリ言うは、あなたに与えられる給金はないわ。衣食住の提供はしましょう。この兵舎に部屋を用意し、第三師団のローブも提供します。
食事は師団の者ならば食堂に行けばいつでも食べられるようになっているから、そこで摂りなさい。以上よ」
これ以上話したくないと視線を机の書類に落とす。
「わかりました。では、冒険者として働く自由を頂きたいのですが」
「あなた、私の話を聞いていたかしら?」
額に青筋が浮かんでいる。怒気を含んだマルゼリータがヨハンを睨み付ける。
物凄い威圧ではあるが、黒騎士に比べれば大したことはない。なんだかんだと黒騎士のお蔭で耐性ができてしまった。
「ええ。聞いた上で言っているんです。給金がもらえないのであれば、冒険者として稼がなければなりませんので」
「ミリューゼ様の下で働ける名誉よりも冒険者を選ぶというの?」
俺は鼻で笑ってしまう。名誉?それになんの価値がある?名誉を得るよりも実利が欲しい。
「くくく、別に魔法師団を辞めたいと言う話じゃないですよ。むしろ暇な時間を有意義に使いたいと言っているだけです」
一歩も引く気はない。こんな場所で拘束されるだけの毎日ほど退屈なものはない。
「あなたのような平民と話ができると思っていた私がバカでしたわ。これは命令よ。余計なことをするな」
明らかな敵意と殺意を持ってマルゼリータが睨み付けてきた。殺気まで込められてるのは頂けない。だから余計に俺は飄々とした笑顔で答えてやる。
「嫌です」
風魔法の中級であるストリームが俺を襲う。
「口答えを許すと思っているの?」
冷たい目で俺を睨む女に俺は不敵に笑ってやる。
「たいしたことないな」
水魔法初級であるウォーターでストリームを切り裂く。
「なっ!」
「相性を知らないんですか?」
マルゼリータの驚愕する表情に俺は勝ち誇ってやる。風魔法であるストリームは重みが無い分、重みがある土系や水系の魔法に対して耐性がなく弱い。
水魔法初級であれ、ストリームを相殺できる。あくまで相殺であって勝てはしない。
「お前の実力は分かった。だが我が隊のモットーに従えないのであれば、貴様の居場所はない」
マルゼリータの周りに魔力が集約していくのが分かる。これは上級魔法を使うつもりのようだ。こんな室内で使えばどうなるか分かっているのだろうか。
「シー!何をやっている!」
執務室の扉が開かれ、ミリューゼ様が現れた。
「ミリューゼ様!」
「魔力が兵舎の外にまで漏れていたぞ」
「すっ、すみません」
ミリューゼ様に叱られてマルゼリータ小さくなる。本当にミリューゼ様のことを尊敬し、崇拝しているのだろう。
「いったい何が原因なんだ?」
ミリューゼ様は原因を探そうと部屋を見渡した。黙って状況を見ていた俺と目が合った。
「キサマは誰だ?」
「ヨハンです」
「ヨハン?ふむ……あっ君か!戦場の勇姿君ではないか!」
戦場の勇姿ってなんだ?変な呼ばれ方になってるぞ。
「こいつは勇姿などと良いモノではありません」
すかさずマルゼリータが反論する。
「うん?どういうことだ?」
「こいつは我が隊のモットーを守れないと言ったのです」
「モットー?そんなものあったか?」
「もちろんです。我が隊はミリューゼ様のためにあるのです。そのため、ミリューゼ様のために魔法を極め、研究し、行使します。それこそが第三魔法師団の存在意義なのです」
キラリに眼鏡が光る決め顔のマルゼリータにミリューゼ様の方が引いている。
「ハァー、そんなモットー作った覚えはない」
頭を抱えながらミリューゼ様が否定する。マルゼリータがミリューゼ様の言葉に固まる。
「しかし、我が隊は姫様直属」
「姫はやめろと言っているだろ。シーは真面目過ぎるところがあるからな」
「こいつはそれを出来ぬと言った上に、冒険者としても働きたいと言うのですよ。姫様をバカにしているとしか思えません。我が魔法師団は姫様の命令なく動くことは許されないというのに」
先生にチクる生徒のようなマルゼリータに、どんどん相手していたのがバカらしく思えてくる。
「シー、そんな命令をしたつもりはない。確かに勝手を動かれると困ることもある。いいか、ヨハン。お前は我が主導している部隊の直属になったんだ。お前が不始末を起こした際に責任を取るのは私だ。それは分かってくれるな」
男前な言葉はどこかのバカ崇拝者と違って真面である。
「ええ。それは分かります。ですが、給金が無い以上。自由にできるお金を稼ぎたいのです。だからこそ冒険者として働くことをお許し頂きたい」
俺もそこだけは退けない。
「給金がない?どういうことだ?」
「マルゼリータ様の話では私は衣食住の提供は受けられるそうですが、給金が頂けないと聞きました」
ミリューゼ様がキョトンと言った感じで首を傾げる。美しい容姿に愛らしさまで併せ持つ完璧なしぐさにドキッとさせられる。
「そんなことはないはずだぞ。正規兵として採用したのだ。私の直属ではあるが正規兵の給金が出るはずだ」
うん?どうやらマルゼリータは独断で俺を嫌って言っていたのか?
「そうなのですか?師団長殿?」
バカな子になったマルゼリータに問いかける。マルゼリータは顔を反らし、舌打ちをした。
「ちっ、このような奴はタダ働きで十分なのです。姫様の元で働けるだけでもありがたいことなのに」
どうやら師団長殿は相当頭がおかしい。
「シー、いくら平民が嫌いだと言ってもそれはやり過ぎだ」
王女様なのにミリューゼ様の方が常識的だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます