ウールアンサンブル
第13話
高校2年生の冬がきた。
小芝高校では、2年生から和裁コースと洋裁コースに別れて授業が展開されることになっている。
和裁コースを選択した私は1年生でミシンから離れて、手縫いの毎日を送ることになった。
そんな中、相変わらずお兄ちゃんは幽霊のまま。
私と一緒に高校に来て授業を受けたり、たまに私の課題制作を手伝ってくれたり、どら焼きに牛乳という組み合わせを隣に置いてファッション誌を読みあさったりしている。
最近は100均の毛糸で編み物を始めた。
「女子みたいだね。冬に編み物って」
「そういうお前は恋愛の「れ」の字もない青春だよな」
「うるさい」
「もう高2だぞ?あと1年で高校終わるぞ!?青春終わるんだぞお前!」
「うるさいうるさい! ・・・ああっ!」
私の指の皮を、針が貫通している。
最近は針で指を刺すことも増えたからだんだん痛みが麻痺してきてあまり気にならなくなってきちゃった。
気を取り直して手縫いを再開した私を見たお兄ちゃんは「なんで和裁にしたんだよー」と、隣から不満そうに言ってくる。
2年生に進級してコースの選択を迫られた時、お兄ちゃんは「絶対洋裁がいい!」と、まるで子供のように言い続けていた。
洋裁の方が絶対華やかで楽しい、って。
でも私は、せっかく学ぶんだったら珍しい和裁を学びたかったし、和服の方が私に合っているような気がした。まあ、実際勉強するのは私だからね。私の意見が尊重されるべきだ。
それに洋裁だと、お兄ちゃん最大のお目当てである小芝高校文化祭ファッションショーで、ウエディングドレスを着ることになる。
「ウエディングドレス着るとお嫁にいけなくなる・・・っていう話、まさかお前本気で信じてるの?」
「いや、本気じゃないけど」
「うっわー!お前ってそういうとこあるよな!」
「黙れ」
悔しかった私はそばにあったクッションを全力で投げつけた。すると、お兄ちゃんも枕を投げて応戦してくる。
お兄ちゃんが現れて早2年。日々ムカつくことや呆れることをしでかしてきて、正直お兄ちゃんといると疲れる。だけど、時々見せる洋服作りの腕は確かだし、考えるデザインも、本当に女子も男子も目を輝かせちゃうぐらいに可愛くて綺麗でかっこいい。
でも、優秀な服飾科学生のお兄ちゃんを知る人は、私以外誰もいない。
すっかり着慣れた制服に、コートにマフラーという防寒対策バッチリの姿で今日も小芝高校の校門をくぐると、後ろから軽快なスキップの音が聞こえてきた。
「明音!おはよー!」
「エミ、おはよう」
2年生になってもクラス替えがないから、エミとまた同じ教室に向かうんだ。
エミは洋裁コースを選択したから、授業で一緒にいる時間は減ったけれど、今じゃ休日に一緒に映画に出かけたり、お買い物に出かけるまでの仲になった。
相変わらず布だらけの午前中を終えると、遠藤くん、一色くんとお昼ご飯が始まる。
ちなみに遠藤くんは洋裁コース、一色くんはもちろん和裁コース。
綺麗に2人ずつ別れた私たちのグループはお互いに違う授業の様子を報告し合うところから、お昼を始める。
「洋裁は今ね、ワンピース作ってるの」
「あ、この間見せてくれたピンク色の?あれ、私好きだよ」
「やったー、明音のお墨付き」
「和裁コースは?」
遠藤くんが購買のコロッケパンを頬張りながら、一色くんに聞いた。それに対して一色くんはイチゴホイップサンドを頬張りながら
「ウールアンサンブルの着物です」
幸せそうな笑顔のまま答える。白いふわふわの食パンに甘いホイップクリーム、甘酸っぱい苺が挟まれたホイップサンドが余程美味しいらしい。私は購買組の3人を見ながらお母さんが作ってくれたお弁当の卵焼きを口に運んだ。
「着物ってミシン使わないんでしょ?!手縫いとか私無理・・・。洋裁でよかった」
「そうだね、手縫いかな」
エミは「明音の最近の手の様子を見れば、和裁の様子がよくわかる」と苦笑した。おかげさまで、最近は絆創膏だらけになってしまっている。
私は自分の手に目をやってから、隣でお昼をさっさと済ませてしまったエミに言った。
「エミ、お昼それだけ?」
「うん。ほら、まだ来年だけどファッションショーに向けて少しづつダイエットしようと思って」
エミ以外にも、ファッションショーに向けてダイエットを始めている子は結構いる。
自分の作った洋服を自分で着て、ランウェイを歩くからね。
せっかくなら、みんな1番綺麗な自分でランウェイを歩きたい。
私もダイエット始めようかな・・・、と思っていたら、教室のドアの近くに座っていた友達が私を呼んだ。
「後輩だよ」
「後輩?」
後輩との接点がない私に後輩のお客さんだなんて、いったい誰だろう?
そう思いながらドアの前まで行くと、女の子2人と男の1人の3人の1年生が立っていた。
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