第12話
「継実ちゃん」
継実ちゃんを連れてきてくれた英輔さんは、近況報告をしながらお母さんとすっかり話し込んでいる。私は2人がお喋りに夢中になっているのを見計らって、継実ちゃんにこっそり手招きをした。
それを見た瞬間、継実ちゃんは笑顔で私の元に駆けてくる。
「継実ちゃんに渡したいものがあるんだ」
こっちこっち、と小さな手を引いて私の部屋に行くと、そこにはお兄ちゃんと魔道士の姿が。継実ちゃんはお兄ちゃんを見つけると嬉しそうに駆け寄っていく。やっぱり、魔道士の姿は見えていないみたいだった。
「はい、継実ちゃん」
「わあ!ありがとう!これなあに?」
「俺と明音からプレゼント」
100均の紙袋の中から取り出したプレゼントの包装を待ちきれないといったようにビリビリと破いて・・・、中からプレゼントの洋服が姿を現すと、継実ちゃんは鈴のなるような声で
「わあああ〜!」
歓声を上げた。
「可愛い可愛い可愛い!ありがとう、あすかくん、あかねちゃん!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら洋服を抱きしめる継実ちゃん。
「継実ちゃん、パパたちにはこれは私からのプレゼントって言っておこうね」
私が「内緒」と人差し指を立てると、継実ちゃんも私の真似をして「内緒!」とまだ綺麗でちっちゃい白い歯を見せて笑う。そしてもう一度お兄ちゃんにお礼を言うと
「パパに見せてくる!」
洋服を抱えて私の部屋を出て行った。
その後ろ姿にお兄ちゃんの隣に立つ魔道士はそっと手をかざす。アニメや漫画で見るような呪文の言葉も念力も何もなかったけど、その動作ひとつひとつが怪しくて不思議。
数秒経つと、思わず食い入るように見てしまう私に、魔道士は力の抜けた笑顔で
「これで、飛鳥さんとの記憶は無くなりました」
あっけなく言う。
「ありがとな。助かった」
「いえいえ。またご用があればいつでも」
継実ちゃん、あんなにお兄ちゃんといる時楽しそうにしてたし・・・、嬉しそうだったのにな。忘れてしまうのはあんなにも一瞬であっけないのか。
そう思いながらお兄ちゃんの方を見たら、魔道士はもうそこにはいなかった。
「お前はそろそろ戻らないと、母さんたちに怪しまれるぞ」
「あっ、うん」
お兄ちゃんに言われて現実の世界に引き戻された私は、慌てて階段を降りてリビングに行く。リビングに通じるドアを開けると、嬉しそうに洋服を自慢する継実ちゃんの姿があった。
「あっ、明音ちゃん!!お洋服ありがとー!」
そう言って私に抱きついてくる継実ちゃん。その隣にお兄ちゃんがいるなんて誰も気づかずに
「明音!すごいじゃない!こんな可愛い洋服作るなんて!」
「さすがは、飛鳥の妹!」
口々にそう言う。
私は心のどこかが傷つくのを感じながら、無邪気な笑顔を見せてくれる継実ちゃんの頭を撫でた。
高校生になって初めて迎えた夏休み。
私はこの日、お母さんに頼まれてお兄ちゃんのお墓参りに来ていた。
「お盆も近いし、いつものショッピングモール行くついでに行ってあげたら?」
ってお母さんに言われた私の隣にお兄ちゃんもいたので、冗談でお兄ちゃんも行くかどうか尋ねたら
「行くわけないだろ。自分の墓参りなんていけるかよ」
案の定、そう返された。
でも、幽霊のお兄ちゃんが見えてる私も、お兄ちゃんの墓参りに行くのは結構複雑だし、不思議な感じが拭えないんだけどね。
真夏の突き刺してくるような日差しがほんの少しおさまった夕方。お供えの花を抱えてお兄ちゃんのお墓に行くと、そこには先客がいた。英輔さんだ。
「英輔さ・・・」
声をかけようと思ったけど、買ってきたばかりの新しいお花を添えて静かに目を閉じて・・・、そっと墓石に触れる英輔さんを見て、声をかけるべきタイミングじゃないと思った。慌てて声を飲み込んだ私に気づかない様子で、英輔さんはそっと微笑む。
・・・なんで、私にだけお兄ちゃんが見えるようになったんだろう。
英輔さんとか、お父さんとかお母さんとか、私よりももっとお兄ちゃんに会いたいって願う人がたくさんいるはずなのに。
お兄ちゃんのこと全然覚えていない私が・・・なんで見えてるんだろう。
そう思った時、夏の夕方の風が優しく吹く。
そして、墓石に触れていた英輔さんは吹いてきた風と同じくらい優しい声で、見えないお兄ちゃんに言った。
「継実に会ってくれてありがとう。お前には借りが尽きないよ。 ・・・明音ちゃんもお前みたいに服飾科の道に行ったってな。なんか、お前見てるみたいで懐かしい」
「・・・」
「明音ちゃんには、ちゃんと今でも秘密にしてる。だから安心して成仏しろよ」
・・・どういうこと?
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