第10話

誰もいない最終下校時刻も近い被覆室で作業をしていたら、自然とあくびが出た。

服飾科の課題提出、一般教養の中間試験の勉強、そして継実ちゃんへのプレゼント。学校のミシンと勉強机と家のミシンの前を行ったり来たりするような生活が続いていて、睡眠時間もかなり短い。

服飾科の課題提出は、前もって準備を進めていたからなんとか先生たちから合格はもらえそう。一般教養のテストは・・・、もう知らない。

継実ちゃんへのプレゼントになるブラウスは、淡い緑色。そこにお兄ちゃんが刺繍を施す。スカートはデニム生地で作ると決まった。

あくびを堪えながらせっせとスカートの型に切ったデニム生地をを縫っていると、不意にエミが現れた。

「どうしたの」

こんな時間までエミがいるなんて珍しい。エミは課題を家に持ち帰って終わらせるタイプだから、こんなに遅い時間まで学校に残るなんて滅多にないはず。

驚く私を見て

「明音こそ」

エミも私の手元にあるデニム生地を見て言う。

「それ、課題じゃないよね?」

「あ、うん。実は・・・ちょっと親戚の子に・・・」

そこまで言いかけた時、エミの華奢な手が私の腕を掴んだ。

「ちょっと来てよ」

私が何か言う隙ももないまま、エミは私を立ち上がらせると被覆室のドアを開ける。そしてそのまますっかり歩き慣れた廊下をどんどん突き進んでいった。外からの明かりがなくなった高校の廊下は暗い。私はエミに引きずられるようにして、蒸し暑い廊下を進んでいく。

「どこ行くの?」

「まあまあ」

楽しそうに鼻歌を歌いながら歩くエミが止まった場所は、私たちの教室の前だった。誰もいないであろう教室のドアの前で立ち止まったエミは

「さ!ドア開けてみて」

と言う。

私は不思議に思いながらも、いつものようにドアを開けた。するとそこから眩い光が溢れ出し、

「ハッピバースデートゥーユー」

男子2人の低くて、少し無理やり感のある『ハッピーバースデートゥーユー』が聞こえてきた。呆然としていたら、男子2人を盛り上げるかのようにエミも声を重ねて歌い始めた。

「明音、誕生日おめでとう!!」

3人から拍手を受けながら、私は思わずスマホを確認する。

6月25日。

私の誕生日だった。

「なんで知ってるの・・・?」

「トプ画に書いてあったよ!もう、自分で設定したんでしょー?」

そういえばそうだった。

100斤で揃えたであろうライトや折り紙の飾りで溢れる教室は、いつものつまらない授業が行われている場所とは思えない。本当に綺麗だ。でもそれよりも感動したのは、こうして友達が誕生日を祝ってくれること。

思わず目が熱くなる。

「はいっ、これ私たちからプレゼント!」

「おめでとう」

「おめでとうございます」

そう言って3人から渡されたのは、大きな袋に詰められた大量のお菓子。甘いものは一色くんから、しょっぱいものは遠藤くんから、外国のお菓子はエミから。私は袋いっぱいに入ったお菓子を見て

「ありがとう!」

思わず笑顔になった。するとその直後、エミが堪えきれないと言った表情になって私に抱きついてくる。驚いてよろける私をエミは「明音―!」と言いながら強く抱きしめる。

「えっ?どうしたの?」

「もう明音の笑顔可愛すぎ!明音天使!可愛いわー!」

男子2人もいる前での突然のハグに私が照れる中、遠藤くんが優しい眼差しを向けて言った。

「香月は、いっつも作業は最後まで丁寧にやってるしデザイン画も上手い。大袈裟かもしれないけど・・・、尊敬してるよ、すごく。だから・・・なんっていうか、その・・・。1人で頑張りすぎるなよ」

嬉しいけど、どこか恥ずかしい言葉に「ありがとう・・・」とぎこちなく返すと、遠藤くんの隣に立つ一色くんも

「同じくです。香月さんの頑張りは、本当にいい刺激になるんです。だけど、どうかご無理だけはなさらないように。これからも、どうぞよろしくお願いします」

と言ってくれる。

温かい言葉をかみしめるように、エミに抱きしめられながら私は深く頷いた。

ようやく私を離したエミは、私の手を両手で包み込んでいつものように目を輝かせながら、そのままずっと見ていたら泣いてしまいそうになるぐらいの温かい笑顔を向けて言う。

「明音、本当に誕生日おめでとう!」

3人からの言葉で、高校に入ってからの心が折れそうな毎日も、眠くて大変な毎日も、全てがキラキラした何かに変わっていくところを見たような気がした。同時に、中学時代に憧れていた自分に、ほんの少しだけだけど、近づけたような気がした。

「ありがとう」

私はエミの手をしっかりと握り返して、そう答えた。

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