第9話

「何をするの」

興味よりも疑心が勝つ言い方で私が聞くと、お兄ちゃんは笑顔で告げた。

「世界で1着だけの、継実ちゃんのためだけの洋服を作る」

「あのさ、私まだそんな洋服なんて作れないんだよ」

「作れるだろ!お前、今授業でブラウスとスカート作ってるんだから。兄ちゃんも手伝うからさ」

「手伝う・・・って・・・。あのさ、お兄ちゃん」

「それで、その洋服を渡したら、継実ちゃんには兄ちゃんのことは忘れてもらう」

言葉の意味がわからなかった。

固まる私に、お兄ちゃんは本当にこの世にいるはずじゃない、異世界の人のような不思議な笑みを浮かべて、静かに呟く。

「英輔のことだってある。継実ちゃんには早く忘れてもらおうと思う。そもそも、兄ちゃんは本来生きている人には見えちゃいけない存在だ」

「どうするつもり?」

さっきから平気に「忘れてもらう」って言ってるけど、どうやって忘れてもらうんだろう。

不思議がる私を、お兄ちゃんは私の隣の部屋・・・、昔は、お兄ちゃんの部屋だったという部屋に連れていく。

今は若干物置き部屋みたいになっちゃってるけど。

誰もいないその部屋のカーテンを勢いよく開けたお兄ちゃんは

「お前忘れてるだろ、兄ちゃんが幽霊だって」

そう言って窓を開けると「魔道士さんー」と、窓の外に向かっていかにもオカルトな言葉を言うので、私は心配になって「頭大丈夫?」って言おうとした。

「はいはーい、魔道士です」

その瞬間、私の背後に若い男の人・・・、真っ黒な服を着た男の人が急に現れた。

「うぎゃっ!!!!!!!」

思わず変な叫び声を発して男の人から離れる。

・・・おかしいな、私・・・霊感とかそういうものとは縁遠い人生を送ってきたはずなのに。

「やめてよ・・・、変なもの連れてくるの!!」

大激怒する私をお兄ちゃんは完璧に無視。魔道士と呼ばれるその人は、へらへらっとした笑顔のまま「ひどいなぁもう」なんて言ってる。

「幽霊になればこういう知り合いたくさんできるんだよ!ま、つい最近まで友達に飢えていたお前にはわからないだろうけどな!」

「はああ?!」

「おほほ、なんとも、微笑ましい兄妹ゲンカで」

「「微笑ましくねえよ!!」」

魔道士は、私たちに声を揃えて一喝されたことに少しも動じずに、話題を切り替えた。

「香月飛鳥さま。どう言ったご用件で?」

「ん?ああ・・・。桜田継実ちゃん。あの子の俺に関する記憶を消してほしい」

「了解〜」

「えっ、そんな簡単に!?」

私はあまりにも簡単すぎる2人の会話に驚いて「なんか呪術とかないの?」と思わず突っ込む。

そしたらお兄ちゃんも魔道士も大爆笑。

「あははははは!!!!じ、呪術!!!あはははは!オカルト漫画の読みすぎだろ!」

「おほほほほほほ!」

「オカルトとか、お兄ちゃんには永遠に言われたくない!」

ムキになって大声で返した時、ハッとなって魔道士がいた方を見てみたら、魔道士なんて最初からいなかったみたいに、その場から姿を消していた。

ただ窓から、夏もほど近い夜空の月が見えているだけ。

嘘・・・。さっきまで笑い声も聞こえてたのに。

「何・・・今の。夢・・・?」

「自分の頬で確かめろ」

試しに本当につねってみたら、痛かった。

お兄ちゃんが現れてから・・・変なことばかり起きる。

「魔道士にはちゃんと働いてもらうからな」

そう言いながらお兄ちゃんはカーテンを閉めた。

お兄ちゃんが生きていた部屋で、死んだお兄ちゃんがカーテンを閉めている。

そんなお兄ちゃんの背中は、なんだかいつも違って自信なさげに見えた。

「・・・なんで、忘れさせちゃうの?」

「言っただろ。忘れてくれたほうが兄ちゃんも継実ちゃんも都合がいい」

「じゃあなんで、洋服なんて残そうとするの」

忘れて欲しいって言ってるのに、物を残そうとするなんて。矛盾してる。

指摘した私に、お兄ちゃんは言った。

「明音が言ったんだよ。兄ちゃんのことはどうでも良くないんだろ?」

からかうように言ってきたお兄ちゃんに思わずムッとしていたら、お兄ちゃんは

「それに、洋服は残るだろ。思い出自体は残しておけないけど、せめてもの代わりに」

本気の顔で、もう一度手を差し出してきた。

女の人みたいな手。

・・・お兄ちゃんは、私がなりたかった人の顔をしている。

自分の意思に自信を持って「これだ!」って、目を輝かせられる人。

そんな顔をしているお兄ちゃんに対して、羨ましさが募った。でも今は、その思いよりもお兄ちゃんの願いを叶えたい気持ちの方が強い。

「・・・いいよ」

私はお兄ちゃんに今の気持ちを悟られないように、少しぶっきらぼうに言い返しながら、仕方なくお兄ちゃんの手を握った。

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