第8話

授業でようやく洋服作りに取り掛かれるようになった。

私は感動しながら、放課後にエミたちと一緒に遠くの手芸屋で買ってきたお気に入りの布に、裁ちバサミを入れていく。

布が切れていく音がするたびに、手に緊張が宿った。

私たちが今作っているのは、フラットカラーのブラウスと、タイトスカート。

作品それぞれの出来栄えはもちろん、最後には「着装」と言って、私たちが実際に自分たちが作った作品を着て、先生たちに評価してもらうテストもある。

ようやくイメージしていた「服飾高校」らしい内容に入った喜びと同時に、緊張も今までの何倍も感じる日々が始まった。

でも、自分の選んだお気に入りの生地で洋服が作れるのは、本当に嬉しい。

「いいな!毎日布に囲まれ、裁縫の授業にデザイン画の練習に・・・」

お兄ちゃんは私以上に夢見心地な様子で毎日言う。

そして時折、授業中の被服室に来ては、他の子たちの作品を真剣に見たり、先生たちの授業を興味津々で聞いている様子を見て、何度も思った。


お兄ちゃん、本気でここの高校で、洋服について学びたかったんだな。


今日もみんなに遅れないように必死に作業していたら、あっという間にお昼の時間になった。被服室からそのままエミや遠藤くん、村越くんと階段の踊り場へ移動する。

最近はもっぱらみんなで授業の愚痴だ。ドラマや映画の話題は男子2人がついていけないので、あまり話さない。

「あのさ、なんでみんな・・・ここ受験したの?」

話題が途切れたところで私は思い切ってみんなに聞いてみた。

「私はウエディングドレスのデザイナーになりたくて!」

「すごい。エミ、似合うよ。デザイナー」

「ありがとー!男子2人は?」

エミが話を振ると、村越くんは少し上を見て考えるそぶりをした後

「自分は、両親が呉服屋なので自然と・・・」

と、答える。

「それって、村越くんがその呉服屋の跡を継ぐってこと?」

「そういうことになりますね」

「俺は父親がデザイナーだから、小さい頃から服に関わる仕事がしたかった」

そう答えた遠藤くんが「香月は?」と問うてきた。

「私は・・・」

お兄ちゃんの願いを叶えるため、とは言えなかった。

「ファッションが小さい時から好きだったから」って、当たり障りのない言葉を選んだけど・・・、本当のところ、まだはっきりわからない。

エミたちにどこか申し訳なさを感じながら、お母さんが作ってくれたお弁当を頬張った。


「飛鳥くん!見てー!」

土日になると、継実ちゃんがよく我が家に遊びに来るようになった。

私は継実ちゃんとお兄ちゃんを公園のブランコに座りながら眺める。側から見たら、公園にいるのは私と継実ちゃんだけ。

ここはあまり人も来ない、寂れた公園だからよかった。

「明音ちゃん!はいっ」

あげる、と言って渡されたのはBB弾。私は懐かしさに思わず声を上げて

「ありがとう!」

と、自然な笑顔で言う。継実ちゃんはそれに満足したのか、また笑顔で、お兄ちゃんと「BB弾探し」に戻って行った。

「ねえねえ、飛鳥くん」

「ん?」

「飛鳥くんは、いつまでここにいるの?」

「いつまで?」

「飛鳥くん、ユーレイなんでしょ?ユーレイは、ミレンがなくなったらいなくなるんだって、サトシくんが言ってたよ」

幼稚園のお友達に教えてもらったみたい。だけど、我が家のお兄ちゃんに「未練がなくなったら成仏する」という幽霊の一般常識が当てはまるのかどうかは、わからない。

私は思わず継実ちゃんに問われたお兄ちゃんを見た。

「うーん・・・、未練があるかはわからないけど・・・。でも、ずーっと継実ちゃんと一緒にはいられないと思うんだ」

「いつまで?いつまで、飛鳥くんここにいる?」

「そうだな・・・」

「飛鳥くんいなくならないで!」

答えに迷うお兄ちゃんに継実ちゃんは突然しがみつく。

「つぐみ、飛鳥くんいなくなるの寂しい・・・。ずっとずっと飛鳥くんと遊ぶの!」

「でも継実ちゃん。継実ちゃん、もうすぐ小学校に行くでしょ。小学校に行ったら、新しいお友達もたくさんできるよ」

「やだやだやだ!」

結局その日は、不満そうな顔をしたまま「意地悪言う飛鳥くんキライ」とご立腹の様子で、継実ちゃんは帰って行ってしまった。

「継実ちゃん・・・、いつまで、お兄ちゃんのこと見えてるのかな・・・?」

お兄ちゃんと2人きりになった時、私はそっと呟いた。

「どうだろうな。でも、いずれは見えなくなるし忘れる。そうじゃなきゃ困るよ」

お兄ちゃんはそう言って、私の前に手を差し出してきた。

「だから明音、手を貸して」

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