第7話

いきなりコップが粉々に割れるという心霊現象が起きたリビングは、静まり返った。

「やだ・・・、何?」

お母さんも青白い顔で割れたコップの破片を片付けている。

お兄ちゃんと私は顔を見合わせて「やってしまった・・・」と、心の中で呟いた。

お兄ちゃんのまさかの幽霊パワーが発動しちゃったみたい。

その場にいる全員が凍りついている中、1人だけ笑顔になったのが継実ちゃんだ。継実ちゃんは大きな目をキラキラさせて、お兄ちゃんをまっすぐに指差す。

「飛鳥くんだ!」

「えっ・・・」

「飛鳥くんだ!飛鳥くんだ!なんで、継実、気づかなかったんだろ!パパ、飛鳥くんだよ!」

無邪気にお兄ちゃんに駆け寄る継実ちゃんを、英輔さんは引きつった笑顔で見ている。

いくら我が子といえど、いくら親友といえど、怪しいものは怪しい。英輔さんにお兄ちゃんは絶対に見えていないんだから。

「飛鳥くん、一緒にお外で遊ぼう!チョークでお絵描きしよ!」

私は慌ててお兄ちゃんの手を引いて外に出てしまった継実ちゃんを追いかけた。

「継実ちゃん、外はもう暗いから・・・!」

声をかけた瞬間、継実ちゃんは立ち止まって、手を引いていたお兄ちゃんを見上げる。お兄ちゃんはそんな継実ちゃんの前にしゃがんで、優しく尋ねた。

「継実ちゃん・・・、俺が見えるの?」

「うんっ!でも、パパとおばさんには見えてないんだよね。だからお外きた。飛鳥くんとお話ししたかった」

小さい頃は誰でもよく幽霊が見える・・・とか聞いたことあるけど、本当なのかな?

私はそんなことを考えながら、継実ちゃんに

「怖くないの?お兄ちゃんのこと・・・」

と、聞いてみる。継実ちゃんは無邪気な笑顔で

「うんっ!怖くない!だって、飛鳥くんだもん!」

迷いもなく頷いた。

そんな継実ちゃんを見たお兄ちゃんは、「そっか」と優しく微笑む。

「じゃあ、継実ちゃん。俺と約束してくれる?」

「いいよ!」

「俺が見えるってことは俺と、継実ちゃんと、それから明音だけの内緒な」

「うん!」

「ありがとう」

・・・嬉しそうにする継実ちゃんの姿を見て、なんだかちょっと切なくなった。

本当は・・・、お母さんも英輔さんも、継実ちゃんみたいにお兄ちゃんに会いたいはずだよね。私はお兄ちゃんと過ごした記憶がなかったから、お兄ちゃんが見えるようになっても正直感動しなかった。でも・・・。

きっと、お母さんたちは違うはずだから・・・。

「なんか、切ない」

英輔さんたちが帰って、お父さんとお母さんが寝静まった時間に台所で紅茶を淹れながら何気なく呟いたら、隣でファッション誌を見ていたお兄ちゃんは

「やきもち焼くなよ〜!継実ちゃんが兄ちゃんと仲良くしてたからって!明音も高い高いしてあげようか!」

盛大な気持ち悪い勘違いをしていた。

「気持ち悪っ。冗談でもやめて」

「すみません」

しばらく沈黙が訪れる。すると今度はお兄ちゃんが口を開いた。

「でも、明音も小さい時はあんな感じだったんだけどなぁ。今じゃ可愛げなくなっちゃって」

「・・・」

「小さい頃の記憶って、何歳ぐらいまで残るんだろうなぁ」

まあ、継実ちゃんは俺のこと、忘れてくれた方がいいのか、なんて言うお兄ちゃん。

なんだかお兄ちゃんの言葉を聞いていたら、私がお兄ちゃんに関して何も覚えていなかったことに罪悪感を感じ始めた。

だけど、いくら思い出そうとしてみても、小さい頃お兄ちゃんと過ごした時間は思い出せないんだよね。

「・・・ねえ、お兄ちゃんって・・・、なんで死んじゃったの?」

「病気」

「お兄ちゃんは・・・、小さい頃の私のこと覚えてる?私と、遊んだ?」

「覚えてるに決まってるだろ。小さい頃の明音に、何回公園一緒に連れて行かされたと思ってるんだよ。何?」

「・・・いや」

人の記憶って、小さい頃の記憶ってこんなものなのかな。

あんなにも、お兄ちゃんに会えたことで、お兄ちゃんが見えたことで、瞳を輝かせていた継実ちゃんもいずれ何も覚えていない状態になるのかな・・・?

「いいんだよ、俺のことは」

なんでそんなこと言うの・・・?

私は思わず、お兄ちゃんに言い返した。

「よくないよ・・・」


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