第3話
兄ちゃんと一緒に服作ろう!
その言葉の意味がわからず、私は目をパチクリさせる。
何度か言われた言葉を反芻してようやく頭の中が整理できて、出た答えはもちろん
「やだ!無理!」
だ。
いきなり何!
っていうか、なんで服作りなの?!
「無理じゃない!やってもないのに決めつけるな」
「なんでそんなことしなきゃいけないの!」
「お前にセンスがあるからだよ。ほら」
そう言ってお兄ちゃんが目線で指す先には、どこかで見たことのある綺麗な青と紫のワンピース。このワンピースを見てようやく、足元に布が散らばっていた理由がわかった。
「・・・このワンピース」
「お前がデザインしたんだろ」
そう言って渡されたのは、私が遊び半分で書いていたデザイン画。そこには目の前のワンピースにそっくりな、ワンピースの絵があった。
・・・もしかして、このデザイン画から洋服を作ってくれたの?
私は、磁石と磁石が引き寄せ合うように壁にかかっているワンピースに触れた。
青と紫のオーガンジーを重ねて作られたそれは、ふんわりと柔らかく、本当に紫陽花のように綺麗だ。窓から入り込む白い光で、神秘的にも見える。
「夢みたい・・・」
思わずそんな言葉をこぼした私の隣に立つお兄ちゃんは、感慨深そうにワンピースを見ている。そんなお兄ちゃんの気配に気付いた私は、改めて隣に立つ人をまじまじと見つめて
「本当に、これを・・・作ってくれたの?」
もう一度確認した。
「なんで疑うんだよ」
「だって・・・、本当に、綺麗だから。お兄ちゃんの作ったワンピース」
「お前のデザインが良かっただけだ。どうだ、一緒に作る気になったか?服作れたら、こんな感動が味わいたい放題なんだぞ。いいだろ」
「・・・なんかうさん臭い」
「はあ!?」
「それに、私には無理だよ」
「・・・お前な、さっきから「無理だ無理だ」って・・・」
呆れ顔になったお兄ちゃんを見ながら、私はワンピースからそっと手を離した。
「知らないでしょ、私がどんな人か」
知らないでしょ。学校で、私がどれだけ地味なのか。
別に、いじめられてるわけじゃない。学校が辛いわけじゃない。
苦しいだけ。
学校に行けば普通にクラスメートたちがいるし、先生たちも気にかけてくれる。でも、昼休みに一緒にいたり、移動教室まで一緒に行くような子はいない。みんなの中での私の立ち位置は「学校を休みがちな、話したこともない同じクラスの子」だろう。
休み時間は伏せて寝てるし、マスク常習犯だから、ほとんどの人が私の笑顔なんて知らないと思う。
なんとなく、腫れ物扱いされてるような空気を感じるし。
そんな自分に自信がなくて、嫌になる。
「そんな人間が、服なんて作れると思う?」
私のことなんて知らないだろうから、全てをお兄ちゃんに話してあげた。
他の人には惨めすぎて話すのも嫌になるけど、死んだお兄ちゃんだったらいいかなと思って。
「お兄ちゃんはいいよね。キラキラしてて、楽しそう。だからこんな素敵な服作れたんだよ」
私には、誰かの心を動かすような服を作るなんて無理。
私は、趣味でやるだけで十分なんだ。
「明音。手、見せて」
「・・・手?」
急にきた変なお願いに首を傾げながらも、私は手を普通にお兄ちゃんに見せた。すると、お兄ちゃんも私の隣に、自分の手を並べてきた。
お母さんの言う通りだ。大きさこそ違うけど、私とお兄ちゃんの手は、瓜二つだ。
「俺のこの手でできたんだ。明音の手だって、できる。そっくりなんだから」
「・・・手が似てるとかそういう問題じゃないでしょ」
「明音のその手が、あの洋服のデザイン画を描いたんだ。できるよ」
「・・・」
「もしもできなかったら、その時は俺が責任を持つ」
私に向き直ったお兄ちゃんは言った。
「小芝服飾高校。うちから電車で3本先の駅にある高校。その高校に入ると3年生の文化祭で、自分でデザインした服を着てランウェイを歩ける。大勢の観客に自分が作った服を見てもらえるんだ」
そこまで言って、私に、私の手とそっくりな手が差し出される。
「小芝高校文化祭のファッションショーで、自分がデザインした服を大勢の人に見てもらいたい。頼む。一緒に服を作ってください」
ずるい。そんな頼み方しないでよ・・・。
・・・でも、もしもこの手をつかんだら、少しは世界が変わるのかな。
嫌な自分から、離れられるのかな。
こんな嫌な自分から・・・、少しでも離れられるのなら・・・。
服を作る自信はまだないけど・・・。
「明音の手を、貸してくれ」
私と亡くなった兄は、お互いの手を掴んだ。お互いのそっくりな手を、貸しあうと約束して。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます