第2話
季節は蒸し暑い6月の終わり。まだまだ梅雨が続く時期。
私はこの日も朝から降っている雨の音で目が覚めた。かなりの大雨だってことが、窓に当たる雨の音でわかる。
「今何時・・・」
そう言いながらベットから体を起こした時だった。
「これでよし・・・っと」
味気のない私の部屋のフローリングの床が、青や紫、白の布で覆い尽くされていた。切れ端が集まって色をなす光景は紫陽花みたい。
そして私の視線の先には、白いTシャツにジーパンという味気ない姿の男の人の後ろ姿がある。
男の人は、壁掛けハンガーラックにかかっている洋服に針を通しているようだった。
驚きで喉の奥が張り付いてて、声が出ない。
男の人が糸を切って玉留めをして、伸びをして・・・、振り向いて私の方を見た瞬間、
「不審者!!!!!!!!!!」
自分でも驚くぐらいの大声が飛び出した。こんなに大声を出したのはいつぶりだろう。
なんて、考えてる場合じゃない!!
反射的にベッドから飛び出して、1階のリビングで朝ごはんを作っているであろうお母さんに助けを求めようとした時、お母さんが私の数年ぶりの大絶叫を聞きつけて、青い顔でドアを開けてきた。
「明音!?どうしたの!!」
「お母さん・・・!!!へ、部屋に、知らない、男が!」
途切れ途切れに言いながら、男を指差した。
だけど、お母さんが声を上げたのは男ではなく、私の床に散らばった布。
「何これ・・・!?っていうか、これ・・・。お母さんがハンドメイドで使おうと思って買ったのに・・・」
「え・・・!?お母さん、今はそれよりも!」
「これで何してたの?」
「お母さんってば!こっち見てよ!いるでしょ!男!警察呼ぼう!」
「・・・明音、寝ぼけてるの?いないけど。男の人なんて」
「・・・えっ」
お母さんと男の人を交互に見た。男の人は得意げにピースサインをしている。
「まあ、また新しい布買ってくるからいいけど・・・。今度から使うときは、声かけてね?」
「・・・えっ・・・」
「朝ごはんそろそろできるよ〜」
バタン、と自分の部屋のドアが閉まる音がした。
お母さんには見えていない。だけど、私の目の前には紛れもなく、見知らぬ男の人がいる。私は自分の頬をつねって確かめたけど、どうやらこれは夢ではないらしい。
「・・・誰・・・!?」
恐怖でひっくり返った声で聞いた私に、男は
「リビング行け、リビング」
と、やけにリビングに行くように急かしてくる。
私は、逆らったら床にある裁ち鋏で何かされるんじゃないかと思うほどの恐怖の中、青い顔のままリビングに行った。
そこで、お母さんが朝ごはんを作る音を聞きながら、何気なく小さい頃の習慣をする。
お兄ちゃんの仏壇に手を合わせるのだ。
ここで気づいた。男が、リビングに行くように急かした理由が。
「えっ、明音、朝ごはんは?学校は?」
フラフラと引き寄せられるようにまた自分の部屋に戻っていく私を、お母さんが心配そうに見て声をかけてきた。私はそれにすら返事をせずに、もう一度、自分の部屋のドアを開ける。
そこにはまだ、布が散らばっていた。
「おかえり。俺が誰だか、思い出してくれた?」
いたずらっ子のように微笑む男に私はこう言った。
「香月飛鳥。私の、お兄ちゃん・・・?」
「久しぶり。明音」
私の目の前にいるお兄ちゃんは、白いTシャツと同じくらいに色白で、背も高くて、女の人が羨むほどの黒くて綺麗な瞳で私を見ている。
これは夢?
いや、でもさっき自分の頬つねって確かめたしな・・・。
それに、お母さんには見えてないって・・・。
「幽霊!?」
「さあ、どうだろうねぇ」
「やだやだ、そういう類私ほんとに無理!」
「っていうか、なんでお前「お兄ちゃん?」って疑問形なんだよ!」
「そ、そりゃあそうでしょう!何も覚えてないんだから!!」
勢いに任せるように言い放つと、目の前のお兄ちゃんは一瞬きょとんとして、でもすぐに腕を組んで考え始める。
「そうか、覚えてないのか。それは悪いことしたな。名乗らずに、急に部屋に上がり込んで」
「覚えてても女子の部屋勝手に上がるのは変態だよ」
常識のなさにドン引きした私に気づきもせず、私の肩に手を回したお兄ちゃんは、キラキラした笑顔で言った。
「明音、兄ちゃんと一緒に服作ろう!」
「・・・はい?」
気がつけば、外の雨が止んでいて、白い光が差し込んでいた。
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