空を飛ぶ鳥のように
1054g
デザイン画
第1話
周りのお客さんの中に、私と同い年ぐらいの人がいないことに罪悪感を感じた。甘いキャラメルポップコーンの匂いが残る暗いスクリーンを出た瞬間、今まで見ていた映画の世界の夢から覚めたみたい。
「はあ〰︎!やっぱり、佑太かっこいい!」
語尾にハートマークをつけそうなほど乙女の顔になって、お母さんは言う。
私のお母さんは明るくて表情もコロコロ変わって、娘の私が言うのもなんだけど、しっかり者の美人。
それにいつまでも若々しい。
今日も学校に向かう支度を、ノロノロと憂鬱な気分でやる私を見て
「ねえ!祐太の映画今やってるんだけど・・・。少女漫画もので、おばさん1人で行くのきついのよ。
って、誘ってきたんだから。
でも、本当の理由は違うってわかってる。
思わずため息をついた時、お母さんの華奢だけどしっかりした手が、私の頭をぐしゃぐしゃにしてきた。驚いて思わず「え!?」と声を上げると
「そんな暗い顔しないの!せっかく来たんだから楽しもうよ!」
私を励ますようにお母さんは言ってくれる。
せっかく映画に連れてきてくれたお母さんの前で、暗い顔するの良くないよね。
思い直した私は、少し息を吸い込んで笑顔を作る。
「うん」
「よし!洋服見ていく?明音、新しい洋服欲しくない?」
「欲しい。あとドーナツ屋さん寄りたいな」
「いいよ。あ、でも帰りにお兄ちゃんのお墓寄ってもいい?」
「うん」
映画館のある階を降りて、私とお母さんはお昼ご飯の代わりにドーナツを頬張った。火曜日のお昼のドーナツ屋さんは空いていて、ここらへんでも人気のドーナツが選びたい放題になっている。その次は「カロリー消費!」と言いながら、お母さんと早足で洋服専門店が並ぶ専門店街に行って、夏服をたくさん買い込んだ。
実はお母さんと洋服を買い込む時間が、映画を見る時間よりも、ドーナツを食べる時間よりも好きなんだよね。
洋服を見てると嫌なことも遠くに行く。
目の前の洋服に、キラキラした気持ちになれるから好き。
そんなことを思いながら、まだお店の匂いが残る洋服が詰め込まれた紙袋を抱えて、お母さんの運転する車から外の流れる風景を見ていた。しばらくしてお母さんは
「着いたよー。明音、お花持って」
そう言って車のドアを開ける。
私は慌てて紙袋を置いてお供えの花束を持つと、小さい頃から何度も行っている霊園の中を先に歩いていくお母さんの後を追った。
正直、名前が違うこと以外あまり見分けのつかないお墓の間を、迷路のように進んでいく。
お母さんはある1つのお墓の前に着くと、慣れた様子で線香に火をつけてお供えした。
「来ましたよー、お兄ちゃん」
墓誌に刻まれた1番新しい名前。
私が5歳の時に病気で亡くなった兄だ。
でも、私はお兄ちゃんのことをちっとも覚えていない。顔ぐらいは我が家に遺影があるからわかるけど、どんな人だったのか、どんなことをしてもらったのか、まったく知らない。
こんなこと言ったら怒られるんだろうけど、何も知らないから、写真を見てもあまり「この人が私のお兄ちゃんだ」という実感がない。
「そういえば、明音、今年でお兄ちゃんと同い年になるのね」
後ろで手を組みながら、のんびりとした口調でお母さんが言う。
「そうだね」
「なーんか、よく見たらお兄ちゃんに似てて笑える〜」
「え・・・?似てる?」
「特に、手がお兄ちゃんそっくり」
お母さんに言われて自分の手をまじまじと見た。
白くて指が長くて、綺麗な手だねと言ってもらえることは多い。
「え、お兄ちゃんに似てるの?この手が?お兄ちゃん女の人みたいじゃん」
思わず眉間にシワを寄せて言うとお母さんは静かに吹き出して
「そうそう!女の人みたいな手だったの!それで、洋服が好きでね。もう洋服店入ると「女子か!」ってぐらいに長居してたわ、小さい頃から。裁縫も上手くて、学校に持っていく雑巾も自分で縫ってたんだよ」
まるで、お兄ちゃんがまだ生きているみたいに笑顔で言った。
「まあ、お母さんがお裁縫上手だからね」
心の奥で、お母さんも悲しくて辛い思いを我慢してるのかな。
そう思ったけど、不器用で冷たい私には、お母さんにかけてあげる言葉がわからなくて、つい、少し突き放すように言っちゃった。
家に戻って、私はいつものスケッチブックに遊び半分で描いているデザイン画を新しく描く。新しいお気に入りの服を買うと、なんだか自分でも服のデザインを描きたくなる。
別に才能があるわけでもないから、完全なる趣味だけど。
そうして夕飯を食べてお風呂に入ったら、いつの間にか眠ってしまっていた。
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