ブラウスとスカート
第4話
季節は巡り、年は明けて、受験戦争のピークを過ぎて、桜が咲く4月になった。
私は冷え切った体育館で、自分の膝が冷たく赤くなるのを感じながらその時を待つ。まだ着慣れていないブレザーの肩のあたりがゴワゴワしていた。
そして
「香月明音」
マイクを通して自分の名前が体育館に響いた瞬間、私は背筋を伸ばして立ち上がった。
「はいっ」
「そうと決まったら、まずは小芝高校に入らなきゃいけないな」
亡くなったお兄ちゃんが急に戻ってきた中3の6月から、私は勉強漬けの毎日だった。
「何今更、当たり前のこと言ってんの」
勉強机にかじりつく私を見ながら呑気に言ったお兄ちゃんを神社で祓ってもらおうかと何度思ったことか。
進路に対しても無頓着だった娘が、いきなり志望校を決めて勉強し始めた姿を見てお母さんとお父さんはただひたすらに感動していたけど、学校の進路の先生たちは、私がいきなり「服飾高校」に行くことにかなり驚いていた。
誰も私の後ろに、私よりも小芝高校に行きたがっているお兄ちゃんがいるなんて、知る由もない。
「いいよね。お兄ちゃんは受験しなくても私の受験次第で小芝高校行けてさ。っていうか、お兄ちゃん幽霊で誰にも見えないんだから、勝手に小芝高校行けばいいじゃん」
「バカ、そんなことしたらただの不法侵入だろ。兄ちゃんはな、ただ見るだけじゃなくてこう・・・、高校生活そのものを味わいたいんだよ!」
「高校生活だけ楽しむとか、いいとこ取りじゃん!その高校生活を手にれるまでの「受験」は経験しなくていいんですかー?ズルい男だね」
私がそう言った日の夜から、お兄ちゃんも高校受験の参考書を開き始めた。
「教えてやってもいいけど?」
「何その言い方。大体、お兄ちゃん長い間勉強なんて、して」
「その問題、間違ってる。答えは32」
「・・・教えてください」
こうしてなんとか小芝高校に合格。
でも、問題は小芝高校に入学してからだ。
入学式を終えて教室に戻った瞬間、中学校の時と何も変わらない自分に、ため息が出た。
周りはすでにグループができていて、完璧に出遅れた。
これじゃあ、変わったのは制服ぐらい。
そうは思っても、すでに私とみんなの間にはガラスの仕切りでもあるかのように、声をかけるタイミングすら見つからなかった。
ちなみに私のクラスの男女比は1:9。男子は2人しかいない。
「ねえ」
「・・・」
「ねえ」
「・・・あ、え、私?」
「そうそう。ねえ、シャンプーどこの使ってるの?」
ようやく気がついた私に声をかけてきてくれていたのは、後ろの席の女の子だった。
女の子は色白で、所々にそばかすがある。髪は明るい茶色で女の子の肌の色とよくなじんでいた。
質問された私は慌てて「あ、どこのだったっけ・・・」と返してしまう。曖昧で無愛想な返だったのにも関わらず、その子はうっとりとした表情で
「すっごくいい香りだったから!いいなぁ、髪も艶々で」
そう言ってくれた。
ここまで髪を褒めてもらえるのは初めてだった。少し驚きながら
「ありがとう」
と、ようやく言えた私に、女の子は笑顔で自己紹介してくれる。
「いえいえ。わかったら教えて!私、エミリ。エミって呼んで」
「香月明音です。よろしくね」
「うん、よろしく!」
声をかけてもらったことにホッとしていたら、クラスで2人しかいない男子のうちの1人と目が合った。
どうしたらいいのか分からずに、すぐに目をそらしてしまったけど。
「良かったな!後ろの席の子、良い子そうじゃん!」
家に帰ってバシバシと私の肩を叩いてきたのは、お兄ちゃん。
声をかけてきてくれたエミリちゃんはもちろん、他のクラスメートも気づかなかったけど、お兄ちゃんはずっと教室の後ろで
「念願の小芝高校・・・!」
と、言いながら1人で感激していた。
「本当に教室まで来るのやめてよ!てか、学校に来るのもやめて!」
「なんでだよ!兄ちゃんは小芝高校に通うのが夢だったんだぞ!行かないで何するんだよ」
「お兄ちゃんの夢は、小芝高校の文化祭のファッションショーで、自分の作った服を披露することでしょ?なら、来る必要ないじゃん」
大体、あんな女子高生しかいない教室にいるとか、普通に変態でしょ。
お兄ちゃんの姿は私にしか見えないって言うのも厄介だし・・・。
「それは夢の1部。全体的に見るとだな」
「はいはい」
高校初日に疲れ果てた私は、長くなりそうなお兄ちゃんの話をてきとうにはぐらかして、リビングにあるお兄ちゃんの仏壇に手を合わせた。
「俺が見えてるのに、俺の仏壇に手合わせるのかよ」
お兄ちゃんの小言を聞きながら目を閉じる。
高校生活への不安は、見なかったことにして。
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