第220話 鬼姫と悪鬼の再戦と……(中)
バンッ!!
馬車の扉が蹴り開けられ、同時に馬車の中から一条の光が私の顔に向かって差し込みます。
その光を、私は
私の顔に向かってきた光――それは投擲された
地面へと降り立つ途中、私の居た鞍上に若者の突き出した槍先が見えました。
それは示し合わされていたことなのか、どちらかの攻撃を眉尖刀で捌いていたら、今一方の攻撃を受けることになっていたでしょう。
その両方の攻撃を、背面に宙返りして避けた私は、そのまま地面へと降り立ちました。
背の上で行われた攻防に、乗馬が驚いてこの場から駆け去ろうとします。
その動きに合わせて、私は馬の陰を馬車の開口部から死角の位置へと走ります。
馬車の中にいた少年も、私の動きを気配から察したのでしょう、彼の気配が車体から外へと動きました。
「アリアン! 援護を!!」
私が呼びかけたのはアネットです。
光の大精霊リヒタル。その眷族精霊であるアリアンは月光に宿ると云われています。
気配の特徴を読むことのできる少年には一見無意味に感じるかも知れません。
しかし……
「アハッ! そういうことか。顔さえ見られなけらばとぼけられるもんね」
馬車から降り立った少年の言葉は無邪気な調子で響きました。
聡い少年です。
これだけの遣り取りでこの変装の意図を喝破しました。
たとえ少年に私たちの正体が分かろうとも、気配などという曖昧なものは証拠にはなりません。
(ですがこの件で動いているのが私だと、彼らには完全にばれてしまいましたね。……私がエヴィデンシア家の人間だとは分かっているでしょうし。背後に居る黒幕の行動は変わるかしら? 表立っての糾弾はできないでしょうけど、影からの圧力は高まるかも知れませんね)
「無視しないでよお姉さん。あのときと違って、せっかく本気で戦えるんだからさ。お姉さんだって得意な得物を持ってるんだし――ね、鬼姫さん」
その言葉とともに繰り出されたのは少年ではなく、若者の槍でした。
私は彼からの攻撃には目もくれず、少年の動きに集中します。
「貴男の相手は私が致しましょう」
言葉と共に若者の繰り出した短槍の攻撃が弾き上げられました。
若者は少年と違い、足音もなく回り込んできたアネットの気配を感じ取れなかったようです。
しかも短槍を得意とする彼女との、同武器での相対では、彼に勝ち目はないでしょう。
「皆さんここは私たちに! 手出しは無用です!! それよりも周囲の警戒を! この先に伏兵が居るようです!」
私が、付き従ってくれているアンドルクの方々に警戒を呼びかけるのと同時に少年が動きました。
眉尖刀を手にする私との間合いを詰めるためでしょう、素早く突進してきます。
身体に添えるように両の手を伸ばして駆け寄ってくる体勢は初めて目にするものです。
手に得物を持っているのでしょうが、腕が死角になってハッキリと確認できません。
ですが僅かに金属特有の光沢が腕の脇から覗きます。
そして奇妙なことに彼は、私に駆け寄りながら数度妙な調子の口笛を吹きました。
(口笛に何の意味が?)
間合いを潰されないように背後へと飛び退りながら、私は眉尖刀の柄を引いて、柄の中心へと持ち手を変えます。
「そんな!?」
そう私が声を上げたのは、視界の端に捕らえていたアネットと若者の応酬。そこで信じられない光景を目にしたからでした。
突き出された槍先をいなそうとしたアネットが、力を殺しきれずに後方へと強く弾き飛ばされ、街道脇の立木に背を強かに打ち付けたのです。
先ほどまで彼と刃を合わせていた私は、あの若者にそのような事を成せる技量は無いと確信していたのに……。
「ボクと殺り合ってる最中にどこ見てるのさお姉さん」
僅かに拗ねたような響きを滲ませて少年が迫り来ます。
「大丈夫だよ少年。忘れてはいないから」
私はあくまでもリヒタルの使者としての姿勢を崩さず、柄の中心で持った眉尖刀を、自分の胴を支点にして薙ぎ払います。
少年は目の前に迫った刃を、さらにその下に潜るようにして私の懐へ入り込もうとします。
「がら空き!」
手にした武器の効果範囲に入ったのでしょう。少年は片方の腕を前へと振り出しました。
「甘い!」
眉尖刀の刃をやり過ごした少年から振り出されたその手には、大きな刺突用の針を思わせる武器がありました。持ち手の先にはまるで牛の角のような、相手の武器をその場所で受けられるようなモノがあります。
それは
少年の攻撃自体は想定内のもので、私の鳩尾を狙ったものです。
私は薙いだ眉尖刀の柄をそのまま背後へ引き込むように回し、石突き側でその武器を捌きました。
「くぁッ!!」
……ですが、私の想像を上回ったモノがありました。
先ほどのアネットと同じく、私も身体ごと大きく後ろへと弾き飛ばされたのです。
(嘘!? あの体格でこの威力――あり得ません! 眉尖刀に魔力を通していたから大丈夫でしたけど、そうでなければ折られていました)
油断のならないこの少年との再戦。
初めからオーディエント家の受け継ぐ魔闘術を使っていなければ、今の一撃で大きな痛手を受けていたかも知れません。
「甘いのはお姉さんだよ! そらそら、どうしたのさ!」
少年が両の手にした釵での攻撃は、その一撃一撃が信じられないほどに重いものでした。
私はその攻撃を、本格的に魔闘術を使って捌きます。
その術は、オーディエント家の親筋であるオーダンツ侯爵家初代当主、ジェニオが編み出しました。
人間には大なり小なり魔力があります。
ですが、その魔力を魔法という形で十全に使うには
しかしその用途さえ絞れば、
それは……
基本一つの魔法の効果しか発現できませんが、魔力を利用して定められた魔法の効果を発揮します。
ジェニオは考えたのです……自身の身体そのモノを魔具として利用する事を。
私は、己の身体に満ちる魔力を、骨や腱、筋肉。さらに手にした眉尖刀を強化する力へと変質します。
魔具士が魔具を製作するには、その用途に合わせた器となる材料が必要なのですが、人の身体を利用した魔力の変質は、基本強化になります。
骨はより硬く、腱はしなやかに強く。筋肉もその力を最大限に利用できるようになります。
ただ魔力保持量が多い人間でも、全身を強化すると直ぐに魔力が尽きてしまうので、私たちは、その行動をするときに必要な部分にだけ魔力を使います。
どの攻撃に、どの部分の筋肉や腱、骨の強化が必要なのか。
そしてそれをどれだけ効率的に、そして無意識に行使できるか。
我が家、オーディエント家では、幼少の頃よりこの身体に叩き込まれているのです。
まあ女の身ながら戦士としての修練を積んだのは、私と縁戚のアネット姉さまだけでしたけれど……。
少年が両の手にした釵での攻撃を、私は柄の中程で構えた眉尖刀を身体に纏わり付かせるように扱って、穂先と石突きで捌き続けます。
少年の攻撃の一撃一撃が重く、また時折彼の口元から放たれる含み針が厄介で、なかなか反撃の機会を得られません。
彼はこれまでに三本針を放ちました。そろそろ切れる頃合いだと思うのですが……。
(それにしてもこの力。少年の体格から考えても明らかに異常です。
私は戸惑いを感じながらも、少年の含み針が切れるのを待って反転攻勢に出ようと、そのときを見極める為に意識を一層集中しました。
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