第212話 鬼姫と見渡せぬ闇
深夜、その部屋には煌々と明かりが灯されていた。
普段であれば、燭台に灯された明かりで済まされる時間なのだが、シャンデリアにまで火が入れられていたからだ。
「それではマギルス子爵に引き取られたという子供は、確かに子爵の後継者として養育されているのだな」
オルドーは手にしたていた資料を執務机に置いてアルフレッドを見る。
ここではいまアルフレッドが調査報告をしていた。
それは、少し前にルリアが持ち帰った糸口を、アンドルクの面々が手繰っていったその結果だ。
「はい。法務部に正式な手続きが取られておりました。かの御仁は、不幸にも、三人の後継者を成人を待たずに亡くしたそうです。二人の夫人を娶っておられますが、新たに子を成すには年齢的にも、母体の危険が大きいと諦めたようです」
「ふむ。ルリアはどう思うかね?」
オルドーが、遣り取りを聞いていたルリアに問いを向けた。
ルリアは部屋のソファーに掛け、その斜め後ろにアネットが控えている。
二人はロバートが寝入った後、オルドーの室へと訪れていた。
この件の報告がある事を耳打ちされていたからだ。
愛する夫をのけ者にしている後ろめたさがあるものの、彼の身体のことを考えると、アンドルクたちの真実を彼に伝えないオルドーの決断もまた理解できるのだ。
ルリアは、少し考え込むようにして口を開く。
「家名を繋ぐことを優先した……ということでしょうか」
「外面だけを見ればそう考えるべきなのでしょう。ですがその子がいくら優秀だとしても、マギルス子爵の縁戚にも、継承順位の低い男児が数名おります。そちらから養子をとるのならば分かりますが、わざわざ孤児を養子にするのはそう例のある事ではありません」
ルリアの考察に対してアルフレッドが疑問を向ける。
それは否定ではなく、議論を深めるために敢えてなされたものだとルリアには理解できた。
「確かにその点の疑問は残るな。だが法務部が受理しているのだから法的には問題はなかったのだろう。伯爵家からは王の裁定があるが、子爵家では貴族院の承認で済むからな」
資料に視線を落としたオルドーは、まるで己を納得させようとしているように見える。
オルトラント王国は初代国王クラウスが下級市民から成り上がったという経緯もあり、いまだに実力主義のきらいが強い。
少ない例であることは確かだが、無能な血縁よりも優秀な人材を後継者に据えることもあった。
このような場合、往々にして養子には血縁の娘を娶らせる。
ただそのような血縁が居ない場合でも、養子が家督を継いだ場合には前当主やその家人を養育する義務が生じる。その義務を果たしていないと法務部より判断されれば、家督は剥奪され前当主に戻されることになるので、このような家督継承も見られるのだ。
そのような家督継承の形式は、マーリンエルトでも法としては定められているのだが、ほとんど例の無い形である。ルリアもオルトラント王国の話をロバートから聞いた中で、初めて自国にもそのような法があることを知ったのだった。
「マギルス子爵に引き取られた子のことは分かりました。他の貴族に引き取られたという子供たちは?」
「それですが……そちらの方が問題であるかも知れません。今年に入って貴族が孤児院より引き取ったという子供たちの容姿はナーリアという巫女が覚えておりました。それ以前に引き取られた子供たちは孤児院に記録されていた名前が分かるくらいでした……」
ルリアの問いにそこまで答えたアルフレッドは、少し悔しげでそして深刻そうな表情を浮かべていた。
「どうしたアルフレッド。何か懸念があるのか?」
「……コレまでに引き取り先が判明した子らの中には、行方が知れなくなっている者もおります。その子らがどこに消えたのか……。我らの力不足でもあるのですが、行方の知れている子らの中にも一時期その行方が知れなくなっていた期間があるのです」
「……やはり、人身売買が関係しているのでしょうか?」
「ルリア様。人身売買であれば、その後に行方の知れている子が居ることに矛盾がありませんか?」
「それは……確かにそうですね。」
冷静なアネットの指摘に、ルリアは人差し指の背を軽く唇に付けるようにして視線を落とす。
彼女が深く考え込んでいるときのクセだ。
ルリアは指の背を唇から離すと、アルフレッドに視線を向けた。
「……マギルス子爵以外に子供たちを引き取った貴族の名は?」
「それですが」
そこまで言うとアルフレッドは僅かに間を置き、意味ありげに視線をオルドーに送ると言葉を続ける。
「孤児院では引取先は伏せられておりました。ただ近年引き取られた子たちは、マギルス子爵に近しい家へと引き取られておりました。彼らの家名はオルドー様に渡した資料に記載してございます」
ああこれは、彼なりに私の差し出口を諫めているのですね。
アルフレッドは、あえてルリアに彼らの家名を告げなかったようだ。
この件の決定権はあくまでもオルドーにあるということだろう。
しかしルリアはこの糸口が、現在エヴィデンシア家がおかれている状況を打開するする為の、一筋の光のように思えていた。
ならば……と、ルリアは頭に浮かんだ事柄を口にする。
「そうですか……御父様。考えてみますと使用人とするためという口上ですが。私、いささか不自然に感じるのです。マギルス子爵が孤児を後継者として引き取ったという事実によって、私たちは安易に受け入れてしまっておりました。ですが、いくら高い魔力を持つ子が集められている白竜神殿の孤児院とはいえ、生い立ち故の気品は一様に身につくものではありません。特に主の身辺を預かる上級職は、通常であれば相続から外れた同位か下位貴族の子弟を付けるのが定石です」
「……ふむ。確かにそうだな。我が家は少々特殊な家柄ゆえ失念しておった。幼い頃より鍛え上げるといっても、主の身辺を守る者には貴族社会の立ち居振る舞い、礼儀作法も学ばねばならん」
「我々も、ロッテンマイヤーを初め使用人の教育には力を割いておりますものの、皆様の御前に仕えさせる事のできるまでに育てるのは容易ではございません」
オルドーとアルフレッドも、ルリアの意見に一定の理解を示した。
名前の挙がったロッテンマイヤーも、元は伯爵家の令嬢であったそうだ。
「そうですね……私も幼少の
アネットも自身の経験を口にする。
話が望んでいた方向へと傾いたことに、ルリアは心の内で僅かに罪悪感を覚えるものの、それでも口を開いた。
それはエヴィデンシア家の為に、己の力を振るうことのできる好機でもあったからだ。
「お義父様……私思うのです。アンドルクの皆さんが力を尽くし、ここまでのことが分かりました。ですが影からの調査では限界がございます。この先はやはり……直接聞くしかないのではありませか?」
「何を言い出すのだルリア。直接――など、マギルス子爵はバレンシオに通じておる可能性が高いのだぞ。我が家が――エヴィデンシアが動いているとヤツに知れれば、いったいどのような行動に出るか……」
「分かっておりますお義父様。ですから我が家だと分からねばいいのです」
ルリアはそう言うと薄く微笑んだ。
オルドーは言葉の真意がをはかりかねて、ルリアのどこか楽しげにさえ見える顔を凝視した。
それはアルフレッドも同じであったが、ただ一人。
ルリアの斜め後ろに控えたアネットだけが、額に片手を添えて小さく
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