第165話 モブ令嬢と褒賞授与式典(二)
旦那様の後を追って、初めて足を踏み入れた謁見の間……それは、とても荘厳な空間でした。
その荘厳さには確かに圧倒されましたが、私は泣き出してしまいそうな気持ちを切り替えるように、この中に我家の応接室がいったい幾つ入るでしょう……などと、愚にも付かないことを考えてしまいます。
斜め前を歩く旦那様を視界に入れてしまいますと、収まりかけた涙がまた浮かび上がってしまいそうですので、私は気を逸らすように懸命に周囲を観察致しました。
謁見の間はその面積の広さから考えますと細長く、奥行きがあるように見える造りになっているようです。両脇には何本かの柱石が建ち並び、その奥は側廊になっております。
柱石の上には繊細な彫刻が施された柱頭があり、前方の左右六本の柱石には、柱頭のすぐ下から白竜王様を除く、六大竜王様方とその神器を意匠化した
さらに柱頭の上部からは弧を描いた梁がそれぞれの柱頭を繋いでおります。
繋がれた梁の上には色彩の施された壁が立ち上がり、その壁には、光取り用の色ガラスが嵌められた窓もいくつか見受けられます。さらにその壁から上は、楕円形の弧を描いた天井で、その中央には、建国王クラウス様の逸話を題材としたと思われる絵が描かれておりました。
その絵も素晴らしいものですが、壁面に施された彫刻にも所々鮮やかな金彩が施されていて目も眩まんばかりです。
そうして、謁見の間の最も奥には、オルトラント王国の紋章と意匠化された白竜王ブランダル様が刺繍された巨大な
お二人の掛ける椅子を
その台座の下、アンドリウス陛下達の右手には第一王子トールズ様ご夫妻が、左手には私たちのよく知る第三王子クラウス様。そしていま一人……あの方は、もしかして第二王子ライオス様でしょうか?
その方は、紫色の髪に金色の瞳を持つ、どこか病的に色白な男性でした。
彼の姿からは、私たちのよく知る快活で剽げた様子のライオット様を見出すのはとても難しく感じられます。
ただ一つだけ、視線の先を見通すような澄んだ明るい光が、それだけは変わらぬ金色の瞳の中に宿っており、ライオット様の片鱗を覗かせておりました。
あの肌色と髪の色は化粧や染め粉でごまかしておられるのでしょうか?
私には何故か、ライオット様でおられるときのあの姿こそ、嘘偽りのないあの方の本来の姿であると感じられました。
前方を進む方々が儀典官に促されて立ち止まり、その後に続く方々も順々に並んで立ち止まりました。
旦那様と私、さらにメアリーの並ぶ列にはクルークの試練達成者が皆含まれております。
私たちの背後の列には、アンドゥーラ先生とサレア様。さらにデュルク様がおられるのが、儀典官の呼び出しの順番で分かりました。
そして褒賞を授与される私たちの両脇前方、柱石の向こう側廊には各国の使節団の皆様と、警備を担う近衛騎士の方々の姿が見えます。
右側最前列にはマーリンエルトの使節団がおられ、お祖父様の姿も窺えました。彼らの前方には二脚の豪奢な椅子が斜めにこちらを向いて設えられており、そこにはマーリンエルト公王ご夫妻が掛けておられます。
そうして各国の使節団のさらにその後方には、我が国と国交のある国の外交官の方々が何名かおられるようです。ただ……左側の側廊は少し空気が淀んでいるように感じられました。
もしかして、あそこにいる数名の方々は新政トーゴ王国の使節の方々でしょうか?
騎士服姿の方と聖職者らしき方が一名ずつと文官らしき方が三名ほど見受けられました。
次に、その彼らの後方に上級貴族院の方々、続いて下級貴族院の方々がおられるようです。
そのように周りに意識を向けておりましたら、褒賞を授与されることとなる者全てが謁見の間に入りました。
前方で私たちを導いてきた儀典官がその様子を確認して、王家の方々に礼を取るように合図をいたします。
私たちは前方におられるアンドリウス様とノーラ様に向かって臣下の礼を致しました。
オルトラント王国の国民ではない使節団や外交官の方々、あと褒賞を受ける為にこの場に並んでいるマリーズだけは臣下の礼では無く、敬意を表す礼を取っております。
……しばしの間、音のない時間が経過し、「皆の者、身を上げよ」、との陛下の声掛けを受けて、私たちは姿勢を戻しました。
私たちが臣下の礼をしている間にアンドリウス様とノーラ様は立ち上がっておられ、私たちが立ち上がるのを確認すると、陛下は一歩前に出ます。
「皆の者、本日は先のトライン辺境伯領、および王都で行われた新政トーゴ王国との戦闘、そのおりに多大な功績を挙げた者たちへの褒賞。さらに……トライン辺境伯領に出現したクルークの試練を見事攻略した者たちへの褒賞を授与する。此度の式典には隣国よりの使節団の方々にも客人として参加して頂いた。さらに長年の友好国であるマーリンエルト公国からはマティウス・リューリック・マーリンエルト公王殿とエステリア・メーテルリンク・マーリンエルト公妃にも慰問頂いておる。……我が国の剛勇、知謀を誇る者たちよ。我アンドリウス・クルバス・オルトラントは貴公らのその功績を讃え褒賞を授与するものである。これより尚書官が功の多寡を鑑み功績者の名を上げる。心して言葉を聞け――して、呼ばれた者は我が前に進み出よ!」
アンドリウス陛下はそう仰いますと、ご自身の右斜め前へと控えた尚書官に視線で合図致しました。
尚書官は手にしていた巻物を縦に広げて声を張り上げます。
「……第一の功を告げる! 新政トーゴ王国軍の王都急襲に際し、四日のあいだ都市防衛に尽力した王都の住民たちを第一の功と成し、特に防衛魔方陣の起動に尽力した者たちに褒賞金の支給を以てその功に報いる! また、王都解放の日、赤竜の月四日を国民の祝祭日とする! なお……この功績については告知のみである!」
第一の功は、以前王宮にて話し合われたディクシア法務卿の意見が取り入れられたようです。
「第二の功を告げる! 新政トーゴ王国軍の王都急襲に際し、王都の城壁をトーゴの魔道士たちより守り抜いた白竜騎士団。そして……数の不利を押して王都上空を守り続けた金竜騎士団の者たちを第二の功とする。代表して白竜騎士団団長セドリック・カラント・サンドビーク。金竜騎士団団長ドルムート・アクウェル・シェヴィエスは陛下の
第二の功は、ディクシア法務卿が第二、第三の功として名前を挙げていた白竜と金竜の騎士団を同じ功としたようです。
名を呼ばれて列から前へと移動しようとするときに、ドルムート様がなんとも気まずそうな視線を私と旦那様に向けました。
私たちを思いやってくださることはとても有り難い事ですし、あの方の気兼ねの無い性格には好感を持てます。
しかしそのような行動の一つ一つが、旦那様がこれから成そうとしている試みに
マーリンエルトの方々には既に知られてしまっておりますが、そうでなかったとしても、あの油断のならないマティウス様ならば、今のドルムート様の動作一つで何らかの違和感を感じたのではないでしょうか。
「白竜騎士団団長サンドビーク、金竜騎士団団長シェヴィエス。貴公ら騎士団の王国への忠義に報い褒賞を授ける」
陛下はそう仰いますと、尚書官が差し出した目録を手に取って両騎士団長へと手渡します。
目録の授受が終わり、お二方が列へと戻りました。
それを待っていたように尚書官が口を開きます。
「……第三の功を告げる! トライン辺境伯領、主都タルブに侵攻した新政トーゴ王国軍。さらに王都を急襲したトーゴ王国の飛竜部隊を撃滅せしめ、此度の戦いの趨勢を定めたエヴィデンシア伯爵夫妻! 両名を第三の功績とする! ……さらにエヴィデンシア伯爵夫人は、今回のクルークの試練達成者でもあり、その功績の褒賞も合わせて授ける事とする! 両名は前に!」
ついに……私たちの名が挙がりました。
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