第137話 モブ令嬢と馬車の中(肆)

 アルメリアの告白を受けた翌日、学園に向かう馬車に乗っているのは旦那様と私の二人です。

 マリーズは、今朝は神殿に寄ってから学園に向かうとのことで、リラさんとミームさんと共に、自身の馬車で朝早く出発したそうです。

 アルメリアは、今になって昨晩の思い詰めた行動反動が来たのでしょうか、朝顔を合わせたら、「……ああ、二人の視線が…………ごめん、私、今朝は歩いて行くよ。さすがにいま一緒の馬車に乗ったら、学園に着く前にどうにかなってしまいそうだから……」と、頬を上気させてふらふらと歩いて行ってしまいました。


 あの……どうにかなってしまいそうというのは……?

 そのようにふらふらとした様子を目にすると、とても心配なのですが……。

 表情にその気持ちが滲んでいたのか、馬車に乗った後、旦那様が私の両の肩に手を置いて口を開きました。


「いいかいフローラ。アルメリア嬢があんな感じになったときは、とりあえず――そういうもんだ。と、スルーしておくように。考え込むとドツボにはまるからね」


 そのように言った後、旦那様は、「『ゲームの中では分からなかったけど。そう言われてみれば……あのシーンも、あそこも……そういうことだったのか……』」と、頭を抱えておりました……。


 アルメリアの昨晩の告白……彼女は、メイベル嬢への嫉妬が切っ掛けだと言っておりました。

 ですが私には、アルメリアの不器用な真面目さから起きた行動だと思うのです。

 私が昨日、学園の授業開始前に聞いてしまった、メイベル嬢の行動の裏にあった事実。

 その時に後からやって来たアルメリアは、貴宿館で詳細を聞いて……考えてしまったのでしょう。

 メイベル嬢たちの嫌がらせから、私を守っていた自分は――友として、心の奥底にある醜い感情を隠したまま、今の関係を続けていて良いのだろうかと……。

 本当に……私の親友は生真面目なのですから……その、告白された内容を消化するには、少々時間が掛ると思います。ですが……アルメリアの本質は、私の目に見えていたとおりだと思うのです……。


 ちなみにシュクルは、昨夜のことで、我慢すれば思いっきり遊んでもらえると考えたのでしょう、今朝は昨日よりは素直に私たちを見送ってくれました。

 その……目に薄らと涙を浮かべて見送られるのは、駄々を捏ねられるよりも堪えるものがございましたけれど……。


「それにしても、メイベル嬢との仲がそんなふうになったとは……」


 旦那様は、今の流れで昨晩の話を思い出したのでしょう。それは、アルメリアが帰ったすぐ後、「それで、アルメリア嬢が今の告白をする気になったっていう、メイベル嬢と友になったって話は?」と、問われて説明した話です。


「はい……お互いに思い込みですれ違っておりました。この先、少しでも心をかよわせる事ができれば――と、考えております」


「そうか……この時期にフローラとメイベル嬢の仲が深まったことにも、何か縁があるのかも知れないな……」


 旦那様が、少し考え込んでからそのように仰いました。


「旦那様? この先、彼女に何かあるのですか?」


「いいかいフローラ。多分……いや一月以内には間違いなく近親婚の禁止法が布告されるはずだ。ゲームではメイベル嬢はその後しばらくの間行方不明になっていた。あの中では友人の取り巻き令嬢の所に身を寄せていたようだけど、今は孤立してしまっているんだろ? 君との仲が深まる前に、そのことを知ったら彼女がどのように動くか分からない。気をつけておいた方がいい」


「そのような事が……」


 メイベル嬢がオーランド様の事を兄としてではなく異性として想っていることは、あの時の話で十分すぎるほどに理解しました。

 オーランド様のお気持ちは分かりません。ですがメイベル嬢は、世間の風当たりはあったとしても、法として禁じられていないことに希望を託しているようでした。

 その希望が完全に断たれてしまったら……。


「ありがとうございます旦那様。私、彼女のことを気に掛けておきます。……レガリア様とは、茶会の席で、エレーヌ様より頼まれて――という体を装い、メイベル嬢と絆を深める切っ掛けを作る手筈になっているのですが……もっと早く、仲を深めた方が良いでしょうか?」


「難しいところだね……。取り巻き令嬢たちのことは突っぱねたんだろ。それで彼女たちに明確の理由が見えずにメイベル嬢と仲良くしたら……今の君の影響力ならメイベル嬢には何も無いかもしれないけど、その……マリエル嬢って言ったかな。彼女に取り巻き令嬢たちの八つ当たりが向くかも知れない」


 それは確かに旦那様の言うとおりかも知れません。

 どなたかは分かりませんが、彼女の家は、上位の爵位を持つあの取り巻き令嬢のどなたかの支配下にあるようでした。

 メイベル嬢とは、どこかで密かに話し合える場を設けた方が良いかもしれません。

 ですがいまの私は以前と違い、出歩くのもままなりませんし、学園でも常に好奇の視線が向けられているような状況です。

 この話は、レガリア様やエレーヌ様伝で連絡できることでもございませんし……、いったいどうしたらいいでしょうか……。


「だけどレンブラント家の兄妹と繋がりができたってことは、まさか……最後のヒロインが出てくるんだろうか……」


 私がメイベル嬢を心配しておりましたら、旦那様は旦那様で別の心配事に頭を悩ませておりました。


「あの、最後のヒロインというのは?」


「ああ、ゲームでね、一番最後に現れるヒロインがいてねクラリス・ウィザーって言うんだけど、知らないかな? プレイヤーに『遅れてきた正ヒロイン』って呼ばれてたで、辺境領の生まれなんだけど、その優秀さを見込まれて奨学生として今年から学園の高等部に入学しているはずなんだ。茶色っぽい金髪に、金色の瞳をしていてね。ただ、彼女を学園に送った領主からの奨学金は、学園の授業料を払うので一杯一杯で、学園での授業以外の時間は宿屋の給仕の仕事をしている。……そして、オーランド君が陰に日向に彼女に力を貸しているはずなんだ。乙女ゲーだったら間違いなく主人公の設定だよね」


 そういえば、メイベル嬢が「あの女の所へ行くおつもりなのでしょ?」と、オーランド様に問い詰めておりました。それが、クラリス・ウィザーという方なのでしょうか?

 ただ、最後に旦那様が仰った乙女ゲーという単語は初めて耳にいたしました。

 乙女は分かりますが、ゲーとは……もしかしてゲームを略しているのでしょうか?

 という事は『乙女物語』? 女性が主人公の物語という事ですね。

 ……ならば、ファティマ様の物語も乙女ゲーというのでしょうか? ……初めて聴いた単語に取り留めもないことが頭を過りました。

 ですがそれよりも……


「旦那様は、どうしてその方のことが気になったのですか?」


 ……別に、突然女の方の話を始めたので、聞いたのではございませんよ。ええ、ございませんとも。


「えッ!? ……いや、ほら、貴宿館だけど……女子部屋がひとつだけ空いてるからさ……、いや、まさかね、いくら何でもそこまでいったらもう冗談ギャグでしかないよね。ゲームのヒロインが全員貴宿館の住人になるなんて……ね?」


 旦那様は私を正面からまじまじと見つめます。私はドキリとして頬が熱くなってきてしまいました。


「そういえば……ゲームのヒロインの中で、彼女が一番君に、雰囲気が似てるかも知れないな……」


 旦那様のその言葉に、私は初めて――明確に嫉妬心というものを感じてしまいました。

 ……メイベル嬢はオーランド様が私に声を掛けたときに、このような気持ちを抱いたのでしょうか?

 旦那様が、彼女に愛情を持っているわけではないと分かってはおります……おりますが……。

 私はその後、学舎の前で馬車から降りるまで悶々としてしまいました。


「グラードル卿、お久しぶりです! 体調も戻ったと聞いて安心しました!」


 私の悶々とした思いを振り払ったのは、旦那様と私が馬車から降りた途端、そのように声を掛けてきたレオンさんでした。


「レオン兵長!? それにお前たちも……トライン辺境伯領から戻ってきたのか」


 私たちの前で敬礼をしているのは、レオンさんと旦那様配下の歩兵の皆さんです。


「はい。トライン辺境伯領攻防戦で功績を挙げた奴らの報告を、デュルク団長より託されまして。あと、グラードル卿への伝言も託されました。『俺たちが王都に帰ったら百騎長に昇進だから、それまでに隊の運用を訓練しておけ』だそうです。昇進おめでとうございます。おかげで俺たちも昇進のおこぼれに預かれそうですよ」


 レオンさんは、ニイッと笑います。

 以前、白竜騎士団のライリー様と決闘騒ぎになったときには、冗談めかして仰っておりましたが、今回は確かな功績を挙げての昇進です。


「旦那様……おめでとうございます」


 私は、馬車の中で浮かび上がってしまった嫉妬心を完全に霧散させ、新たに湧き上がってきた喜びに、涙してしまいました。

 そんな私を、旦那様は優しく抱いてくださいます。


 ちなみにその姿は、多くの学生の目に止まっており、教室で皆さんに冷やかされる事となってしまいました。

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