第133話 モブ令嬢と不穏な気配(前)

 あの後、教室の違うメイベル嬢たちと別れた私とアルメリアは、私たちの教室へと戻りました。

 ですが、当然のごとく授業は始まっておりまして、私たちは教諭からお小言を頂いてしまいました。

 教諭には申し訳ございませんが、ここのところ、皆様より賞賛を頂いてばかりでしたので、妙に安心してしまったのは内緒です。

 私の隣で教諭のお小言を聞いているアルメリアも、幼子のように叱られたのが恥ずかしいのでしょう、顔を赤く染めて目を潤ませておりました。


 昼前の授業を終え、食堂で昼食を頂いた後、アルメリアは軍務部の訓練に参加するために修練場へ、マリーズは癒やしの術の修練のために神殿へと向かいました。

 私は二人と別れて魔導学部の教室へと移動いたしましたが、本日の授業は、アンドゥーラ先生がクルークの試練。その試練で生まれる迷宮を調査するために休まれる間、代理をお願いしたケルビン様と仰る魔導師方が受け持たれました。

 実は、ケルビン様は臨時雇いから正式に教諭として招かれたのだそうです。

 アンドゥーラ先生の名誉のために申し上げておきますが、別にアンドゥーラ先生が物臭に授業をなされるので解雇クビになったわけではございませんよ。

 私たちがクルークの試練を達成したことで、王国は大量のワンドをその手にいたしました。

 陛下はファーラム様と図りまして、魔導学部にて優秀な成績を収め、ワンドを所持していない学生には、数年の軍務部魔道士としての出仕を条件に、そのワンドを下賜することと決定なされたのです。

 そのため、魔導学部へと専攻学部の変更を希望する生徒が増えました。

 本日は、これから先の授業の進め方の説明だけでしたので、ケルビン様一人でも問題なかったのでしょう。

 おそらく、アンドゥーラ先生はこれ幸いと、個室にて魔道具を製作しているか、魔法薬の調合をなさっておられるのではないでしょうか。

 それにいたしましても……私、この教室の席が埋まったのを初めて目にしたかもしれません。





「……旦那様!? それにサレア様まで……いったい何故?」


 昼後の授業を終えて、アンドゥーラ先生の個室へと訪れた私が目にしたのは、個室のソファーに掛けておられる旦那様と、まるでいつもの私のように、個室に散らばった魔道具製作の道具や失敗作、さらには魔法薬の試薬などを片付けておられるサレア様でした。

 アンドゥーラ先生は、やはりご自分の机で魔法薬の調合をしておりました。

 先生は、個室へと入った私に視線を向けます。


「んっ、ああ、フローラ――来たね。君が来るのを待っていたんだ。……それでは行こうか」


 先生の口から出たのは、私の質問の答えではありませんでした。


「……あっ、あの、どちらへ!?」


 突然の事に驚いている私の前で、旦那様がソファーから立ち上がります。


「フローラ……これから王宮に向かうことになったんだ。詳細はまだ分からないんだが、どうやら俺たちにも関係があるらしい」


「申し訳ございません。この呼び出しは七竜教の神殿が関係しております。私もトライン辺境伯領より帰ったばかりで、詳しい話を聞いていないのですが、あまり良い話ではなさそうです」


 サレア様は一度言葉を句切り、手にしていた魔道具の部品を棚に置きました。


「……本日、昼後よりボーズ神殿長様がアンドリウス陛下と謁見をなされたのですが……、謁見後の神殿長様は何やら恐縮しきりのご様子で、陛下は大層ご立腹しておられました。私、黒竜騎士団に伴った神殿の癒やし手として、陛下よりねぎらいの言葉があるからと、神殿長様に随行して王宮へ出向いていたのですが……、怒りの収まった陛下がアンドゥーラやお二人を王宮へと呼び出す手配を始めましたので、私が申し出てこのように使い走りをする事となりました」


 そのように仰るサレア様に、アンドゥーラ先生はいたずらっ子のようにニンマリとした笑みを浮かべて見やります。


「サレア、格好付けずにハッキリ言ったらどうだい。二人の間にいるのが居たたまれなくなって逃げ出してきたって」


 その言葉を受けて、サレア様はアンドゥーラ先生に呆れ顔を向けました。


「アンドゥーラ……大人にはハッキリと言わない美徳というものもあるのですよ」


「あの、急がなくてもよろしいのでしょうか? お話の様子では王宮ではアンドリウス陛下と神殿長様がお待ちなのでは?」


 私が、どこか暢気にしておられる皆様にそのように声を掛けましたら、アンドゥーラ先生は私に視線を戻して少し真剣な表情になりました。


「なに、そこまで急ぐ話ではないのだろう。授業終了後で良いと言ったそうだからね。陛下も冷静になれる時間が欲しかったのではないかな。だけど……神殿長が王宮に出向いて、陛下が立腹する事案か……悪い予感しかしないな」


 そのような遣り取りの後、私たちは王宮より遣わされた馬車に乗り込み王宮へと向かうこととなりました。

 なんということでしょう。本日は登園時にも学舎前に馬車で乗り付け、帰りも学舎前より馬車に乗り込むことになるなど……少し前までの我が家の状況からは、考えも付かない事態です。





「……ところで、グラードル卿。クルーク様より託された……シュクルと名付けたと聞きましたが、そのシュクルを、フローラさんに託されたと陛下に説明なされたそうですね。マリーズやアンドゥーラから聞いた話ではお二人に託されたと伺っておりましたが……」


 馬車に乗り込んだ後、そのように仰ったサレア様の表情には、子細を理解していらっしゃる様子が滲んでおります。ですが、あえてそのように仰るからには、何らかの理由があるのでしょう。


「はい。シュクルが私にも託されたとなれば、私を操竜騎士へと任じて、シュクルを軍務部の預かりにされてしまう可能性がございましたので……」


 サレア様は納得したように一度軽く頷いてから、静かに口を開きます。


「やはり……そのような配慮の上ですか……、なるほど、騎士団所属の軍人ならばでの着眼ですね。ですが、それによって別の問題が持ち上がっております。エヴィデンシア家の屋敷には精霊教会の関係者が訪れてはおりませんか?」


「いえ、そのような者が訪れたことはございませんが……」


 サレア様の口より出た、精霊教会という言葉に旦那様が戸惑ったご様子で答えました。

 私も、何故サレア様がそのような事を仰ったのかよく分かりません。

 七竜教が国教である我が国においても、六大精霊を崇拝することは禁じられてはおりません。

 ですので、数は七竜教の神殿ほどではございませんが王都には精霊教会もございます。

 ですがその精霊教会が我家を訪れるという理由が分かりません。


「フローラさん、精霊教会は貴女を、第一世代の竜種をも従えるノルムの聖女などと説法して回っているそうです。彼らは貴女を精霊教会に引き込もうと画策しているようなのです」


「なッ、何故そのようなことになるのですか!? 少なくとも、クルーク様より託されたという話は伝わっているはずですが……」


 それにしましても、やはり……シュクルが第一世代の竜種であることは世間に広まってしまっているのですね。

 化身したシュクルのことがばれていなければ良いのですが……。


「彼らにとっては、貴女の支配下に竜種がいるということが大事なのです。前後の違いはあるものの、ほぼ時を同じくして神より生み出された存在であるのに、この大陸では七大竜王様への信仰が圧倒的に上です。まあ、この大陸に竜王様方がお棲まいですのでそれは仕方がないと思うのですが、ほかの大陸では、より身近な存在である六大精霊王への信仰の方が勝っているとも聞き及んでおります。精霊教会はこの機会を利用してこの大陸でも勢力を伸ばそうと考えているのだと思います」


 サレア様のお言葉に、旦那様も苦々しげな表情を浮かべて口を開きます。


「まさか、そのような事態になっていようとは……。我々が王宮に呼び出される理由は、それも含まれているのでしょうか?」


「おそらく……それもあるでしょう。ですが、それならば言付けだけで済むと思うのです。おそらくは直接話さなければならない事態なのでしょう」


 サレア様は少し考え込むようなご様子でそのように仰いました。

 私は、近づいてきた王宮へと続く城門の上に、暗雲が立ち籠めているように見えて、抑えようもない不安が湧き上がってきてしまいました。

 そんな私の震える手を、旦那様が大きな手で優しくいたわるように握ってくださいました。

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