第112話 モブ令嬢とクルークの試練(六)

「あの二匹が守護者なのだろうか? あれは……仲間割れでもしているのか? それにあの魔物モンスターたちはいったい?」


 レオパルド様が、争っている二匹の魔物から目を離して、私へと振り向きました。

 彼は、私がクルークの試練に出現する魔物を調べて来たことを、ここまでの攻略でご存じですから、私に説明を求めているのです。


「奥にいる魔物は、間違いございません。あれはバジリスクです。アンドゥーラ先生が記した、前回のクルークの試練の資料に、絵が記載されておりました」


「あれが、バジリスクか……。では、あの鳥とも蜥蜴とも見える魔物は?」


 私の説明を聞いたレオパルド様は、視線をバジリスクを襲っている魔物へと向けました。

 私たちのいまいる位置からですと、ほとんど背後しか見えておりませんが、輪郭だけを見ますと雄鶏のように見えました。しかしその羽は鳥とは違い、竜種のような皮めいた翼です。

 しかも胸から下も蜥蜴のような肌合いで、長い蛇のような尻尾が伸びています……いえ、あれは……本当に蛇の頭が尻尾の先に付いておりました。


「おそらく、コカトリス……ではないかと思います」


 魔物二匹は共に、胴体部が五ルタメートルほどはあるでしょうか。

 コカトリスに至っては、翼を広げると八ルタメートルはありそうです。

 バジリスクとコカトリス。

 近年では、同一の魔物の別称であるとも言われております。

 しかし、少なくともバジリスクは上体が雄鶏に見えるコカトリスと違い、太った深緑色の巨大蜥蜴といった方がシックリといたします。

 最大の特徴は、背中に強力な死毒を持った棘が無数に生えているということでしょう。


「皆さん、コカトリスの視線には石化の呪いが込められております。決して直接視線に身を晒さないようにしてください」


 アルメリアが疑問顔で私に振り向きます。


「フローラ――コカトリスの視線に身を晒さずに、どうやって戦えって言うんだい」


「学園の図書室に、八百年程前のクルークの試練でのコカトリスとの戦闘記録がございました。その時には魔法使いが砂塵を巻き起こして石化の呪いを無効にしたようです。視界は悪くなりますが、石化の呪いは砂塵によって力を失うらしいのです。それからあの尻尾の先、蛇の頭部がございますが、あれはバジリスクの毒と同等の猛毒を持っているそうですので、噛まれないように気を付けてください」


 コカトリスがバジリスクに混同されたのは、おそらくは頭のトサカとこの猛毒、そして蜥蜴の下半身が原因でしょう。

 実際に目にすれば、明らかに別の魔物であることは明白です。しかしクルークの試練以外では、円環山脈の内部へと行かなければ遭遇することの無い魔物です。


「でもフローラさん――バジリスクにはコカトリスの石化の呪いが効いていないみたいですよ?」


 リュートさんが、争っている二匹の魔物に視線を送りながら仰いました。


「バジリスクには、コカトリスの石化の呪いに耐性あるのです。そしてコカトリスは、バジリスクの毒に耐性があるそうです。さらに……コカトリスの肉は、バジリスクの毒を消す魔法薬の原材料になるとも言われています」


 あの方は、私が試練を乗り越えれば旦那様の寿命を取り戻せると仰いました。それは、あのコカトリスから魔法薬を造れ、ということなのでしょうか?

 これまでの事を考えますと、それほど単純では無い気もいたしますが……。


「見てください! あのバジリスクの向こう……あれはバジリスクが守っている財宝では?」


 マリーズが指さした場所は、争っているバジリスクたちのいるさらに奥です。

 そこには二枚の巨大な岩壁が、天井から地面までを貫くように張り出していて、その間に部屋のような空間ができておりました。

 その場所からは、何やら宝石などの鉱物が光を反射でもしているような煌めきが見えます。


「ということは……あのバジリスクが守護者なのでしょうか? ノームさん、あなたは何か知りませんか?」


 メアリーが、私の隣にいる幼いノームさんに視線を向けます。


「ボクたちは迷宮を掘るのが仕事だけど、仕掛けをするのはクルーク様だから、ボクは知らないよ」


 ノームさんは気楽に頭の後ろで腕を組んで、少しとぼけた様子です。

 ジーッと、争っている魔物たちを見ていたリュートさんが口を開きました。


「あの二匹……よく見るとコカトリスの方が一方的にバジリスクを攻撃しているように見えるんですけど」


「そういえば……バジリスクは時折煩わしそうに威嚇したり、身体を動かして尻尾で振り払おうとしているが、あの場所から離れようとしないな。あれほど傷だらけになっているのに……」


 レオパルド様も、リュートさんの言葉を受けてバジリスクの行動の不自然さに気付いたご様子です。

 私も、リュートさんの指摘でそのことに気付きました。

 バジリスクを目にした瞬間から、私、冷静さを欠いていたかも知れません。魔法使いはいつでも冷静に状況を把握しなければならないというのに……。

 アルメリアも気付いたようで、疑問を口にいたします。


「そうですね。なんだか、何かを守っているように見えます。バジリスクが守護者だとすると、あのコカトリスはいったい……」


「皆様どうなさいますか? このまま見ていればあのコカトリスがバジリスクを倒すかも知れません。それを待ってからあのコカトリスを討伐するというのも手だと思いますが?」


 メアリーの申し出に、ノームさんを除くこの場にいる全員が考え込みます。

 少しの間、魔物たちの争う音だけがこの空間に響きました。

 レオパルド様が、心を決めたご様子で口を開きます。


「あの二匹が、どれだけの時間ああしていたのか分からない。ここまで来てしまった以上、時間を掛けるべきではないと考える。フローラ嬢は魔法で砂塵を起こせるのだね?」


「はい、風と地の精霊王の力を借りれば……」


「ならば、コカトリスの攻撃で弱っているバジリスクを先に倒してしまおう。その後、コカトリスに攻撃を集中すれば何とかなるのではないだろうか」


 レオパルド様の言葉に、リュートさんとアルメリアは賛成するように頷きました。ですが、私は少々引っかかりを覚えて、今一度魔物たちに目を向けます。マリーズとメアリーからは私の決断を待つような視線を感じました。

 ノームさんは、この状況を楽しんでいるようにニコニコとしております。

 私の視線の先では、コカトリスが高い奇声を上げて、鋭いくちばしや爪のある足でバジリスクを攻撃しております。

 その攻撃を、バジリスクは激しく唸り立てて威嚇しているように見えます。

 その姿は、アルメリアの言っていたように何かを守っているように見えます。ですがそれは、あの光り輝く鉱石が散らばっている場所では無いように私には見えました。


 私は遠見の魔法を使って、バジリスクを今一度確認いたしました。

 バジリスクは、細かく切り開かれた傷から血液を吹きだしていて、とても痛々しく見えます。あの鋭い足の爪で引っかかれたのでしょうか? バジリスクは右の目のあたりに大きな傷を負っておりました。ですがその傷からは、大きい傷なのに血は流れておりません。古傷なのでしょうか?

 コカトリスが、嘴でバジリスクの背中を穿とうとするのをバジリスクが大きく身体を動かして尻尾で叩こうといたしました。

 コカトリスは寸前で翼を広げて飛び上がり、バジリスクの尻尾から逃れました。

 その時、私はバジリスクの腹の下にあるものを見つけました。


「あれは……卵? あのバジリスクは卵を抱えています!」


 バジリスクはすぐに体勢を戻して、卵を腹の下に隠しました。

 コカトリスはその後も執拗にバジリスクを攻撃します。

 その攻撃から卵を懸命に守ろうとするバジリスクの姿が、私は何故か、危険や悪意から私を守ろうとしてくださった旦那様の姿を幻視してしまいました。

 私は何を……旦那様の命を削った毒を持つバジリスクに、何でそんなことを……

 そんな疑問が頭の中に渦巻きましたが、答えが出る前に私は口を開いておりました。


「……皆様。私はコカトリスを先に討伐するべきだと思います」


 レオパルド様が納得いかない様子で私を見ます。


「フローラ嬢……石化の呪いを無効化できるのならば、あの弱っているらしいバジリスクを先に倒した方が後顧の憂いが無いと考えるのだが」


「いいえ、レオパルド様。あのバジリスクは卵を守っております。バジリスクには背の棘に猛毒がございますが、コカトリスのように視線で相手を石化できるような力はございません。脅威度ではコカトリスの方が圧倒的に上でしょう。それにここまで見ておりましても、バジリスクがあの場所を離れて私たちを襲うことはないと考えます。ですので後顧の憂いということでしたら、コカトリスを先に討伐する方が安全ではないでしょうか」


「なるほど……確かに、あのバジリスクが襲ってくる心配がないのなら、先にコカトリスを倒してしまった方が良いか……」


 私の説得に、レオパルド様はご自身の考えに固執することなく考え直してくださいました。

 レオパルド様の説得に言ったことは、間違ってはいないと思います。ですがそれ以上に、私はあのバジリスクを倒してしまってはいけないと思ってしまったのです。


「たしかにそうだね。バジリスクがいないものとして戦えるなら、フローラの魔法の援護があれば何とかなるかも知れない」


 アルメリアが少し気楽な感じで言い、私を見てニコリと笑いました。


「ボク、第四世代の竜種と戦ったことがありますけど、先ほどフローラさんが話していたように、石化の呪いを封じられるなら、あとは翼さえ何とかすれば勝ち目はあると思います」


 第四世代の竜種といいますと、完全に野獣と変わらず人に懐かせるのにもかなり苦労するそうです。その体躯は成獣になっても五ルタメートルを大きく超えることはないと聞き及んでおります。

 丁度あのコカトリスと同じくらいの大きさと考えてよいのではないでしょうか。

 それにしましても、どういう状況で戦うことになったのかは存じませんが、第四世代と申しましても、竜種との戦闘をしてよく無事でいたものです。


「それでは皆さんに身体強化の魔法と、武器には切れ味と耐久度を増す強化魔法を掛けておきますね。それから、砂塵を起こす魔法は常時発動いたしますので、戦闘中には、魔法での援護は二つまでになります。状況を見て対処いたしますが、皆さん気を付けて戦ってください」


 私の言葉を受けて、レオパルド様が大きく頷きました。


「分かった……。基本的に俺がコカトリスの注意を引くように戦う。リュート、君はその素早さを生かして、奴に隙が生まれたら飛び込んで攻撃してくれ。アルメリア嬢には援護をお願いする。メアリーさん、貴女はマリーズ様とフローラ嬢の身に危険が及ばないように気を付けて頂きたい。……それでは、行くぞ!」


 こうして、レオパルド様を先頭に、いよいよ私たちは守護者との戦いに身を投じたのでした。

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