第113話 モブ令嬢とクルークの試練(七)

 コカトリスとの戦闘を決めた私たちは、幼いノームさんをあの場に残して、コカトリスに気付かれないように気を付けながら近付いて行きます。

 コカトリスは、バジリスクへの攻撃に集中していているようですが、尻尾の蛇頭が時々うねうねと背後を見回すように動きます。

 私は、その蛇頭に気付かれないように、少しずつ砂塵を巻き上げるようにして視界を遮る砂塵の膜を作り出しました。

 尻尾の蛇頭はコカトリスの視覚の一つであるはずです。

 その視覚が自身に近付いてくる巻き上がった砂塵に違和感を覚える前に、私は銀竜王クルーク様の神器、聖鎌せいれん クルムディンの力を借りてコカトリスの羽を狙いました。


 コカトリスの上空にクルムディンの銀影が表れたのを確認して、私は手にしたタクト練習用杖で羽の付け根を指し示します。それに連動するように銀影は羽の付け根を狙って振り下ろされました。

 ですが、羽の付け根を狙った一撃は、飛膜を大きく切り裂いて霧散いたしました。

 コカトリスが、バジリスクを踏みつけるようにして前方へと逃れようとしたのです。

 ですがその瞬間、バジリスクがそれを狙いすましたように、コカトリスの身体に尻尾を叩きつけました。

 コカトリスは、上空に現れたクルムディンの銀影を、尻尾の蛇頭で捉えたのでしょうが、クルムディンの脅威に気を取られた為にバジリスクへの警戒が緩んだのでしょう、強かに身体を打たれて跳ね飛ばされます。

 跳ね飛ばされた勢いのまま、コカトリスの身体は石壁へと叩きつけられ、壁面を崩しました。

 そこは、宝物が収められている場所を、包み込むようにして張り出した石壁の左面です。

 コカトリスが壁面に叩きつけられた衝撃が広がり、上空からパラパラと、砂と言うには大きい小石が舞い落ちてきます。


「すみません! せめて片翼をと思ったのですが――」


「いや、おかげでバジリスクの攻撃がコカトリスを捕らえた――追撃するぞ!」


 最前衛を務める、大盾を掲げたレオパルド様を先頭に、アルメリアとリュートさんがバジリスクを迂回するようにして回り込みます。


「コカトリスの上体を包むように砂塵を纏わせます! それで石化の呪いは防げるはずですが――できるだけ視線に身を長く晒さないようにしてください。過去の情報が正確でない可能性もございます! もしも石化と思われる症状を感じましたら、アンドゥーラ先生から渡された青い魔法薬を使ってください!」


 私とマリーズ、メアリーも彼らのあとを追いました。

 バジリスクからの攻撃を警戒しておりましたが、私たちの予測通りバジリスクはその場所から移動することなく、身体だけをコカトリスの方向へと向けました。

 レオパルド様たちがコカトリスの近くへと駆け寄る間に、コカトリスは身をよじりながら立ち上がり、首をブルブルと震わせて大きく羽を広げます。

 視界を奪う砂塵をはね除けるようにしてしきりに頭を振りますが、私は、砂塵を球状に厚く纏めて、コカトリスの胸から上に纏わり付かせます。

 コカトリスは、片翼の飛膜を大きく切り開かれた羽を大きくバタバタと振るわせますが、片翼はうまく空気を掴めずによろけました。

 それを好機と捉えたリュートさんが素早く駆け寄り、いま一方の羽を切りつけます。


「ケッ、ケェェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーー!」


 大きく奇声が響きました。コカトリスの片翼が半分ほどの位置で切断されたからです。

 私の初撃は思惑通りには行きませんでしたが、ここまでは想像以上に順調に事が進んでおります。

 ですがこれで、コカトリスの敵意は、バジリスクから完全に私たちへと向いたようです。


 私は、コカトリスの上体を包み込んだ砂塵を振り払われないように慎重に操ります。

 戦闘前に掛けた魔法と先ほどの一撃、そしてあと一撃分待機してある聖鎌。そしてこの砂塵を操ることで、私の魔力はおよそ三分の一ほど減っております。

 全体を覆うのではなく、特定の空間に砂塵を纏めることで、魔力の消費は増えるのではないかと思ったのですが、意外にも使用する魔力を抑えることができました。おかげで砂塵を保つだけでしたら二時間ほどは魔力が保ちそうです。ですが、それをコカトリスの上体に纏わり付かせ続けることは、魔力とはまた別に精神的な消耗を伴います。


 幸い、前回のクルークの試練の守護者、ヲルドと違い、コカトリスもバジリスクも、普通の剣で傷付ける事ができる魔物モンスターです。生命力も、驚異的な回復力を誇るヲルドとは違いますので、前回のように討伐に三日もかかるようなことはないでしょう。

 それに皆さんの武器には強化の魔法を掛けてありますので、よほどのことでもない限り破損することも無いはずです。

 ですがその効果はおよそ半時間ほどです。これは、身体強化の魔法も同じですので効果が切れる前に、魔法を掛け直さなければなりません。そのタイミングを測るのが、砂塵の操作とともにこれから先、私に課された重要な役目になります。

 アンドゥーラ先生が準備された魔法薬には、傷に効くものと毒消し、体力の回復と少量ですが魔力を回復できるものもございます。

 ですが魔法薬には大した即効性はございませんので、緊急の折りにはマリーズの癒やしの術が力を発揮することとなるでしょう。

 この戦い、私とマリーズが倒れたらそこで手詰まりになってしまうことは明らかです。

 その私たちを守るように、メアリーが周囲を警戒しています。


 体勢を立て直したコカトリスは、纏わり付く砂塵を煩わしそうにしながら、私たちの位置を探るように尻尾の蛇頭をうねらしました。


「蛇頭を狙うんだ! そうすれば奴ッァ!?」


 動きを止めて指図をしていたレオパルド様に向かって、突如コカトリスが突進して嘴を突き出しました。

 レオパルド様は、大盾でその攻撃を防ぎましたが、ザーッっと音を立てて背後へと弾かれてしまいます。

 コカトリスは、レオパルド様を攻撃する為に突き出した砂塵に包まれた頭部を、そのままレオパルド様の斜め後ろに居たアルメリアへと捻って、その太い首で彼女を弾き飛ばしました。


「アルメリア!!」


「くぅッ!」


 大きく飛ばされたアルメリアは地面に跳ねるようにして叩きつけられてしまいました。


「マリーズ、アルメリアを!」


「任せてください!」


 私とマリーズは、メアリーに守られながら倒れ伏してしまったアルメリアの元へと駆け寄ります。

 マリーズがすぐに癒やしの術をアルメリアに使います。


「ケェェェェェェェェェェーーーーーー!」


 また、コカトリスが大きく奇声を上げました。

 リュートさんが尻尾の蛇頭に傷を負わせたのです。切り落とすことは叶いませんでしたが、蛇頭の片眼が潰れました。

 コカトリスはさらに奇声を上げて背後へと飛び退ろうとします。

 しかし、片方の羽は半ばから切り落とされ、いま片方は蝙蝠のように薄く広がる飛膜を切り割かれていて、コカトリスは思惑通りに背後に飛ぶことは叶いませんでした。

 突撃を受けた衝撃から体勢を立て直したレオパルド様は、今度は自分が盾でぶつかるように前進してゆき、がら空きになっていたコカトリスの胸元に剣を突き立てます。

 しかしその一撃は、コカトリスが背後へと逃れようとしていた為に浅い傷しか負わせられませんでした。


「アルメリア! 大丈夫ですか!?」


「ああ……すまないマリーズ。もう大丈夫……くっ、情けない。レオパルド様すぐに援護に戻ります!」


「アルメリア、傷の方は大丈夫だと思いますが無理はなされないでくださいね!」


 アルメリアが意識を取り戻したようです。彼女の状態が心配ですが、私はコカトリスから目を離すことができませんので、二人の会話でアルメリアの無事を確認するしかございません。

 その後、アルメリアは前線に戻りましたが、傷を受けたコカトリスが警戒心を高めた為に、簡単に近付くことができません。

 さらにコカトリスは、初めのようにとっさに羽を使おうとして体勢を崩すことがなくなってしまいました。どうやら羽が使い物にならなくなったことを理解してしまったようです。


「くそ、このままではじり貧だ……何か、状況を変える事ができれば良いのだが……」


 私が、二回目の身体強化と武器強化の魔法を掛け直したあとに、レオパルド様が顔に焦りを浮かべて仰いました。

 アンドゥーラ先生が使った重化の魔法が使えれば良いのですが、タクトを使っている私では、あれほどの力を出す事はできないでしょう。

 私はこれほど、ワンドがあればと思った事はございません。


「えっ!?」


 突然、コカトリスの上体を覆っていた砂塵が、バラバラと大きくなって行きます。

 えッ!? そんな……まさか!!


「皆さん、急いでどこか身を隠してください!! コカトリスが砂塵を固めようとしています!!」


 私は急いで、大地からさらに砂を巻き上げて、コカトリスの上体を覆っている砂塵をさらに厚くします。

 しかし、砂はどんどんと固まり、小石から石へと変わっていってしまいます。

 コカトリスは石化の呪いの力を、目の前を覆う砂へと使っているのです。

 まさか……コカトリスの石化の呪いでそのような事ができるとは……。

 完全に石と呼べるような大きさになってしまった砂は、巻き上げていた風からこぼれ落ちてしまいます。

 私は身を隠せる大岩のあるところまで移動しながら、新たな砂を巻き上げ続けます。ですがそれに合わせて魔力はどんどんと削られてしまいます。

 しかし……いま一時この脅威を逃れたとして、既に存在を知られてしまった私たちには、このあとコカトリスの石化の呪いを逃れる術がございません。

 しかもコカトリスは、この魔法を使っているのが私であると気付いて居るようで、先ほどからその視線が私に向けられています。

 いまは砂塵を固めることに力を使っていますが、この周りにある砂がなくなるか、私の魔力が切れればそこで終わりです。

 私は……湧き上がってくる絶望感に苛まれながらも、懸命に力を使い続けます。

 不意に立ち眩みがいたしました。


「そんな……まだ、魔力は……」


 まだ魔力には余裕がございます。ですが、魔力が枯渇したのと同じように意識が遠のいてしまいます。

 これは…………迂闊でした。

 これまで砂塵を操っていた精神力のほうに限界が来てしまったようです。

 私は酷い立ち眩みに襲われて、ついに砂塵を巻き起こしている魔法を維持できなくなってしまいました。


「奥様!!」


 メアリーが私の前に飛び出し、両手を広げるようにしてコカトリスの視線に身を晒します。

 それは儚い抵抗でした。

 細身のメアリーでは私を覆い隠すことは叶いません。ですが彼女のその献身に心が震えます。


「メアリーーーー!」


 私は絶望の叫びを上げました。

 同時に、止めの為に待機していた聖鎌の魔法を、最後の気力を振り絞って発動させますが、コカトリスの上空に浮かんだ大鎌の銀影は脆く四散してしまいました。

 意識が急速に遠くなってしまいます。それが、石化の呪いによるものかは私には分かりませんでした。

 意識が無くなる瞬間、ドガッ! という大きな音が耳を打った気がいたしましたが、私の意識は暗闇の中へと落ち込んでしまいました。

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