第111話 モブ令嬢とクルークの試練(五)
「しかし……本当に良かったのでしょうか? この迷宮を作った本人たちに案内頂くなど、これまでのクルークの試練の中でも珍事では無いかと思うのですが……」
「大丈夫ですよ。本人たちが問題ないと言っているのですから。この際これも攻略者の知恵というものです。ね、ノームさんたち」
私の心配をよそにマリーズは気楽にそう仰います。
「おう、聖女のねーちゃん」
「おう」
「おう」
……ノームさんたちも相変わらずです。
「でも、これはボクたち知らないよ」
幼いノームさんが、地面に浮かび上がっている模様に視線を向けています。
様々な色の付いた四角い石畳が秩序無く並んでいて、それが十
メアリーが一人進み出て石畳のあたりを調べます。
彼女はひとしきり石畳や、そこから続く壁を見回して戻ってまいりました。
「なるほど……間違いなく何らかの罠ですね。おそらくは、この色を踏む順番が決まっているのでしょう。間違えるとあの門の中に入ることは出来ないのではないでしょうか」
「ですが、このように色の配置が無秩序では……」
レオパルド様が斑の石路を目に、唖然としてしまいました。
「これが何らかの試しであるのなら、どこかに
私の言葉に、皆さんが周囲を見回します。
ノームの皆さんも、クルクルとあたりを這いずり回っております。あの皆さん……いくら何でも、石畳の継ぎ目に手がかりはないと思いますよ。
「姫様! こっちこっち、ナニか書いてある」
幼いノームが、この空間の入り口付近の石壁を差しておりました。
私は彼のところに行って壁に書かれている文字を見ます。
「
私の持つ、
「これは……『万象を司どる双存を巡りし後、風に乗り我が試しの場を訪れよ』と書かれています」
私たちは、改めて色の付いた石版を眺めました。
「どういう事でしょう?」
マリーズが小首を傾げます。
他の方々もそれぞれに考えているようですが、誰も口を開きません。
私は、思い当たった事をとりあえず口にしてみます。
「『万象司りし双存』とは七大竜王様と六大精霊王の事でしょう。それを巡って試しの場へと訪れよということですので、七大竜王様と六大精霊王を象徴する色を扉のところまで進んでゆけば良いのではないでしょうか」
「ということは……白・黒・赤・青・緑・金・銀、そして、茶・青・赤・無・金・黒ですよね? 重なる色がありますけど……」
「双存を巡るのですから、竜王様たち、精霊王たちを象徴する色を別の塊として考えるのでは?」
「奥様、そう考えると、確かに一つだけ門まで続く順路がございます。最後の風に乗りと言うのがよく分かりませんが」
私たちが確認するよりも早く、メアリーが色の並びを眺めて言いました。
彼女のこの能力にはいつも驚かされます。
旦那様の独り言を調べていたときにも、私の控えていた文字をパッと見ただけで綴りの間違いを見つけておりました。
私も、メアリーには遅れましたが、順路が見えました。
「確かに……あの門までの間に『風に乗り』の部分を示すようなモノはありませんね。ということは、門の向こうにそれを示すモノがあるのでは?」
メアリーが、納得したように頷きました。
「なるほど、それでは私が先導いたしますので、オルトたち、私の後に続いてください……」
メアリーが、アンドルクの方のひとりを呼び、後に続くように促しました。
「メアリー……危険では……」
「そうです。教えてもらえればボクが先に進みます」
私がメアリーを心配すると、リュートさんもそのように申し出ました。
レオパルドさんは、大陸西方諸国の男性らしく、先導の危険を女性が取ることに疑問の無い様子です。
アンドルクの男性陣は、メアリーの能力を信じているのでしょう、口を挟むことはいたしませんでした。
「奥様、リュートさんご心配なく……いきなり転移でもされない限り、他の罠でしたら何とでもなりますので……」
メアリーは、確信を持ってそのように言いました。
おそらく、メアリーがそう言うからには、本当に何とでもなるのでしょう。
「リラさん、
そう言って彼女は色の付いた石畳に足を乗せます…………。
「大丈夫ですね……。では付いてきてください」
そう言ってメアリーは次の石畳に足を乗せますが、異変が起こりました。
それはメアリーにではなく、背後に続いたアンドルクの男性陣です。
彼らが、色の付いた石畳に足を乗せようといたしますと、その足は石畳の上には付かず、透明な壁にでも阻まれているように、その手前の石畳の上へと足が落ちました。
アンドルクの男性陣三人は、誰一人としてメアリーの後に続くことはできませんでした。
「これは……」
迷宮の入り口でのアンドゥーラ先生たちと同じです。
彼らは、この先に進む資格が無いということでしょう。――ということはまさか、私と同じ結論に至ったのか、同じ部屋で眠っていた女性陣の視線がリラさんへと集中いたしました。
リラさんも察したのでしょう、この先に進めるか試しました。結果、やはり彼らと同じように透明な壁に阻まれて先に進むことが叶いませんでした。
「おそらくは……この、クルーク様からの贈り物を頂いているかどうかではないでしょうか」
私は、今朝聞いたリラさんたちの寝言を思い出します。
メアリーは静かに眠っておりましたので分かりませんが、アルメリアとマリーズ、そしてリラさんは、願望とでも言ったら良いのでしょうか? 心の底では望んでいた夢を見せられていたようです。
私についてはだけは三人と違い、旦那様の存在を忘れさせられた上で、私の持っている旦那様への愛情を、リュートさんへと向けられて、日常の夢を見せられました。
アルメリアとマリーズ、そしてリラさんとの違いは、自分に都合の良い夢が、あり得ないことだと気が付いたことではないかと思うのです。
私だけは、彼女たちより意地の悪い夢を見せられた気がいたしますが、これは旦那様の寿命を取り戻す為の試練として、私の旦那様への愛情を試されたのではないかと思います。
「マリーズ様、この先にお供することが叶わず申し訳ございません……どうか、くれぐれもお気を付けください。マリーズ様の身に何かあったら私は……」
リラさんが、先へと進む資格を持ったマリーズの手を取って、祈るように言いました。
「ありがとうリラ……でも、きっと大丈夫です。私、銀竜王クルーク様は、最後の試練を乗り越えられない人間を、守護者の間に通すことはなされないと思うのです」
マリーズはリラさんを労ってから、ノームさんたちへと視線を向けました。
「ノームさんたち、彼女たちのことはお願いしますね」
「おう、任せとけ」
「おう、任せとけ」
「おう、任せとけ」
リラさんたちと同じように、先に進むことができないノームさんたちは、リラさんたちを迷宮の入り口まで送ってくれるそうです。
というのも、クルークの試練が達成されると、試練の迷宮は消滅して、内部にいる人間は外へと排出されてしまうのだそうです。その時の混乱を避ける為にも、守護者の間へと入る人間以外は試練が達成される前に外に出ていた方が良いだろうということでした。
その後、私たちは守護者へと挑む資格を得られなかったリラさんやアンドルクの男性陣と別れて、守護者の間の門までやってまいりました。
「まさか……」
私たちは門を開けて絶句いたしました。
なんとそこには、何もなかったのです。
足下には奈落へと続く……いえ、その先には上下左右、遙か遠くへと続く闇が広がっておりました。
「ここが守護者の間へと続く門であることは間違いないのですよね? ノームは悪戯好きだと聞いたことがある。まさか……騙されたのでは?」
「ボクたちそんな意地悪しないよ」
レオパルド様の言葉に、幼いノームさんがそう仰いました……えっ?
「ノームさんあなた……こちらに来られたのですか!?」
「うん。ボクだけは通れたんだ」
幼いノームさんはニコニコと笑ってそう言います。
他のノームさんたちが通れなかったので、彼も一緒だと思っていたのですが……。
「姫様、ボクのことよりも、先に進む方法を考えなきゃ」
「そうでした……」
幼いノームさんに促されて、私は考えます。
「風に乗り……」
私は、背後の色の付いた石畳を目にします。
風とは風の大精霊ウィンダルの事でしょうか? かの大精霊を象徴する色は無色。石畳は色の付いていない物を無色と考えてここまでやってまいりました。
私は、なにもない空間を今一度眺めます。
無色……つまりは透明。
「皆さん、このまま先へ進みましょう」
「フローラ!? いったい何を……」
アルメリアが、驚きに目を見開いて私を見ました。
メアリーとニコニコ顔の幼いノームさんを除いて、他の方々も驚いておられます。
「風に乗りとはウィンダルの事でしょう、つまりは無色透明。この先には何もないように見えますが、おそらく……透明な地面が続いているのではないでしょうか。……私、飛行の魔法が使えますので、試してみます。足下に何もなく、落下しましたら魔法を使いますので心配なさらず」
私は心配顔の皆様にそう言って一歩踏み出しました。
「……本当だ……まったく何もないように見えるのに……」
「竜王様のお力というのはこれほどのものなのですね」
空中に立っているような私を見て、アルメリアとレオパルド様が呟きました。
足下には確かな感覚がございますが、目を下に向けるには勇気がいります。魔法を使って空を飛ぶのとは違い、力を使っている感覚が無いので、心許なく感じます。
お腹の下がスースーするとでも言いましょうか……。
「大丈夫なようですので、皆さん先に進みましょう」
ガタガタ震えそうになる足を、なんとか動かして私は何もない空間を先へと進みました。
涼しい顔をしているメアリーと、相変わらずニコニコ顔のノームさん以外は、皆一様に顔を青くして歩いております。
いまは足下に確かな感触がございますが、この透明な床が無い場所があったら……私と同じように、他の皆さんもそのような想像が頭をかすめていることでしょう。
それに、薄暗く上下左右に何もない空間は、他の人がいなければ自分の状態さえ分からなくなってしまいそうです。
そんな空間を背後の門が見えなくなる辺りまで歩いてきましたら、突如として風景が変わりました。
「きゃぁ!」
突然の事に、私は小さく悲鳴を上げてしまいました。
「…………!?」
ほかの方々は悲鳴は上げなかったものの、やはり驚いた様子で辺りを見回しています。
それは、巨大な地下空間でした。迷宮の通路と違い、要所要所にランプが据えられているわけではないのに、全体が明るく照らし出されていて、内部が確認できます。
見えているだけでも間違いなく奥行きが百
「これは!? そんな……」
レオパルド様が背後を見て驚愕の表情を浮かべました。
それにつられて、皆が後ろを振り向きますと、驚きましたことに、すぐ背後に私たちがくぐってきた門がございました。
私たちは、この門が見えなくなるほどの距離を歩いたはずでしたのに……。
「ですが、これで私たちは間違いなく、守護者の間に入ることができたわけですね。皆様、守護者を探しましょう」
マリーズに促されて、私たちは守護者を探してこの空間を奥へ奥へと進んでゆきます。
この空間には、大きな岩が点在していてどこから魔物が飛び出してくるか分かりません。皆、緊張の面持ちで進んでゆきます。
少しすると、遠くで何かが争っているような音が聞こえてきました。
私たちは、その音のする方向へと向かいます。
「…………あれは」
甲高い鳴き声と、地の底から響くような低い
大きな岩の影から、その周辺だけ均されたように、岩などがほとんど点在しない空間を覗き込みます。
争っているモノたちを目にして、私は、グッと奥歯を噛みしめました。
私たちの視線の先では、巨大な二匹の魔物が争っています。
そのうちの一匹。
それは、旦那様の命を削ったあの毒の持ち主……バジリスクだったのです。
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