第60話 モブ令嬢と旦那様の居室にて(前)
あの後の詳細を申しますと、本日の来訪はクラウス様の気まぐれによって引き起こされた事態であったことが判明いたしました。
レガリア様もあの場で言っておりましたが、実はレオパルド様もクラウス様が我が家に連絡していなかったことを知らなかったそうです。
確かに学園に通うことと、貴宿館へと入居することは事前に、国王アンドリウス陛下とファーラム様に了承を得ていたそうです。
クラウス様はご自分が突然の来訪をすることで、マリーズが驚くところを見てみたかったらしいのです。どうやら、先日の学園でのマリーズとの遣り取りに思うところがあったご様子です。
……結局、驚かされたのはエヴィデンシア家の人間、お父様やお母様たち、そして旦那様と私だったのですけれど。
話の後、入居する部屋を決めるために貴宿館へと行きますと、既にこちらの話は伝わっておりまして、マリーズは部屋に籠ってしまっておりました。そういうわけで、クラウス様のもくろみは結局のところ叶わずじまいだったわけです。
また、荷馬車に積まれていたのは、やはり近衛騎士の待機所を造るための建材でした。建築は明日から始めるそうですので、荷馬車はこちらへと置いてゆかれました。待機所が完成するのに四、五日かかるそうです。
その間にクラウス様たちの荷物も部屋の方へと持ち込まれる手筈となっております。さらに、レガリア様がロメオを持ち込みたいと仰いましたので、二階のサロンへと置かせて頂く事になりました。
その際レガリア様が、「バリオンも持ってきますね。私が持っているのはバリオン家製のものではございませんが、それでも近年名器を多く製造しているグァルネ家製のバリオンです。それで一緒にお茶会でお披露目する曲の練習いたしましょう」と仰り、帰って行かれました。
思わぬ来訪者に私たちは右往左往する事態になってしまいました。しかし、事が起こるときには続くものだとはよく言われますが、ここのところ様々な出来事が続きすぎて目を回してしまいそうです。
私たちは何とか心を落ち着けて夕の食事をいたしました。
その時にお父様が、我が家が王家主催のお茶会へと招かれたことをことのほか喜んでおりました。
そのせいか少々羽目を外してしまい、あまりお強くないお酒を飲み過ぎて、食堂で眠りこけてしまうという事態になってしまいました。
セバスたちによって部屋へと運ばれていったお父様を見送った私たちは、居室へと戻りました。
旦那様と私は、いまはベッドの端に座り寛いでおります。
この部屋には椅子もあるのですが、旦那様はこの場所に座るのがお好きなので、私も最近は一緒に座るようになってしまいました。
少々はしたないのでは、という思いもするのですが、自分たちの部屋なのですから、その、よろしいですよね。
「あの、旦那様……少々よろしいでしょうか」
私は、旦那様に教わった正座という座り方でベッドの上に座ります。これは旦那様の前世の世界で、心を込めて大切な話をするときにする座り方らしいのですが、私、この姿勢で座りますと直ぐに足が痺れてしまいますので長いお話はできません。
旦那様も私に倣って、布団の上に正座いたしました。
「はい? 何でしょうかフローラさん」
私の覚悟のようなものを感じ取ったのでしょうか、旦那様の返事が少々不可思議な感じになって、お顔に『?』という記号が浮かんで見える気がいたします。
私は自分の顔が、火照って行くのを感じます。そして、私は静かに唾を呑むと、意を決して口を開きました。
「私――しばらくの間……その――こちらをお貸しします……」
「えッ!? ……まさか」
旦那様は、目を見開きました。それは、私が、ポンポンと自分の
「膝枕……、えッ、どうして!?」
「私……先日からずーっと、旦那様の心が安まる時間がなかった気がしていたのです。しかも、ここに来て今日の出来事です。先ほどからのご様子を見ても、気疲れがたまっているのではありませんか? ですから……その、こちらを」
この膝枕というのは、私としましては腿枕だと思うのです。初めてこの言葉を聞いたとき、「旦那様、膝に頭を乗せるのは痛いと思いますよ?」と申しましたら。旦那様は一瞬、毒気を抜かれたようにポカンとしたお顔をしたあと、「『確かに、膝じゃないよな。腿だよな』」と笑っておりました。
私はベッドの上に足を伸ばして座り直しました。正座のまま頭を乗せて貰うのは私には荷が重いです。もう足が痺れてきてしまいました。
「旦那様……その、どうぞお使いください……そして、心の内を吐き出してください。少しでも気持ちが楽になると思うのです」
私は、足を揃えて旦那様を誘うように、腿の上を示します。
「……あっ、ありがとう……その、少しばかり見苦しく愚痴を言うかも知れないが大目に見てほしい」
「私から言ったのですから、そのような事気にいたしません」
私がそう言いますと、旦那様は顔を赤くして私の腿に頭を乗せます。身体を少し丸めた感じで横になりました。お顔は私の方を向いております。しかし気恥ずかしいのか、両の手の平でお顔を隠してしまいました。
そして、フーッと息を大きく吸いますと口を開きます。
「『あーーーーッ、もう、どういうことなの、どうしてこうなるの? 神様、俺前世で何か悪い事した!? いや、今世で悪いことしてたかも知れないけれども!! 俺、前世で刺殺されたけど、なに? 俺、今世は胃に穴でも開いて死ぬの? 十二指腸潰瘍が死因ですか!?』」
要所要所の簡単な言葉は理解できますが、全体としては今ひとつ分かりません。
しかしどうしましょう……旦那様がとても可愛らしくなってしまいました。
なんだかグズっている小さな子供のようです。
普段の、我が家と私の事を思って気を張っている旦那様は、もちろん素敵です。また、たまに私に見せてくださる気の抜けたご様子も、旦那様を身近に感じて嬉しく思います。
しかし、いま見せてくださっているご様子は、本当に幼子のように愛おしくて、心の奥底からこの人を守ってあげたいという気持ちが湧き上がってきます。
「『で、何なの? 何で皆、ウチに集まってくるわけ!? リュートとアルメリア、マリーズまではまあ、まだ良いだろう、いや良くないよ良くないけど――まだ何とか納得できる。で、何なのあの王子。理由は聞いたけども! 王子が何で伯爵家の館に下宿しようなんて考えるわけ! しかも何でレオパルドとレガリアまで連鎖してるの!? どこでフィーバーしたんだよ! そもそも王も了承するなよ、王!! ……あっ、目が回ってきた』」
旦那様が溜まっていたものを一気に吐き出したご様子で、息がゼイゼイと涸れております。
私は、旦那様の頭をゆっくりと撫でながら、子供をあやすようにその背中をポンポンと優しく叩きます。
「『はーっ、まあ、学園と貴宿館では一般学生扱いで良いって事だけど……しかし、近衛も大変だよな交代で常時二名張り付けるって事だろ、食事は我が家で提供することになったけど――彼らにも合掌』」
言葉の調子が少し落ち着いてきた感じがいたします。このようにして正解だったようですね。
「『しかし、フローラ……やっぱりこの
旦那様は、やはり相当にお疲れだったのですね。微かに私の名前を口にしていたようですが、静かに寝息を立て始めてしまいました。
眠ってしまった旦那様は、顔を押さえていた手が外れて、私の位置からお顔が覗いて見えます。
私は込み上げてくる愛おしさに導かれるまま、旦那様を起こさないようにと気を付けながら、彼の頭を包み込むように抱きかかえました。
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