似た者師弟はよくわらう

 夕暮れ時、手持ち無沙汰にベッドに横たわっていたチコはノックの音で顔を上げた。


「ご飯できたよ」


 扉の向こうの声にチコは飛び起きた。落ちるようにベッドから降りて、飛びかかるように扉を開ける。


 その向こうに、キルトはすでにいなかった。チコは深いため息を落とし、あかりの灯された廊下をとぼとぼとダイニングキッチンに向かった。


 何事もなかったような顔で、レティが食卓についていた。チコは二度見した。レティはチコの隣を見て眉間を押さえた。


「休んでなくていいんですか?」

「ああ、やはりキルトは逃げたか……」


 とにかく食事にしよう、と促されてチコは着席した。クルトは泣き疲れて眠っているらしい。揃って食べ始めてチコは気づく。食べ慣れたキルトの味付けだった。


「普通に動くのに支障はないけれど、長時間の立ち働きはまだ厳しくてね。今日の料理はキルトが作った……などと言わなくてもわかったかな」

「はい、思ったよりわかるものなんですね」


 具材は小ぶりに切って、肉は柔らかく、野菜は歯ごたえを残すように。塩とバターと香辛料はケチってはいけないが、多ければいいというわけでもない。


 チコは生家でも料理の手伝いをしていたが、最初から最後まで一人で作れるようになったのはキルトに教わってからだった。五年間工夫してきたが、キルトと全く同じ味が出せたことはない。キルトもチコも、レティだって基本的な調理方法は共通しているのに、それぞれ違う味になるのだ。


「キルトさんも料理上手だと思ってましたけど、レティさんはもっと上手ですよね」

「嬉しいことを言ってくれるね。まあ彼は野外料理の方が得意だろうし、何より私は長生きな分たくさん経験を積んでいるから」


 照れたようにレティは笑う。その顔をチコはじっと見つめた。


 レティとキルトはよく似ている。仕草、話し方、料理、それに笑い方。それはもしかすると、笑顔の裏側まで似ているのかもしれないとチコは思った。


「……私、キルトさんを捕まえないほうがいいんでしょうか」


 気づいたときには尋ねていた。キルトより少し淡い黄金の目がぱしりと瞬く。チコは思い切って言葉を続けた。


「キルトさんが出て行ってしまったら、レティさんは寂しいんじゃないですか?」


 言動を鑑みるに、キルトは今まで一度もここに帰って来ていない。その間レティはずっと独りだったのだろう。屋敷の中に他者の気配は感じられなかった。

 そして、チコがキルトを外に連れ戻すなら、レティはきっとまた独りになるのだ。シーツに覆われたあの部屋は、家具はあっても虚ろだった。


「私の無聊を慰めるために、あなたたちの時間を浪費させる気は無いよ」


 きっぱりとレティは告げた。真摯な視線を受けとめて、チコもレティを見返した。


「寂しくないわけじゃないんですね」

「慣れているから構わないさ」


 遠回しに認めたようなものだった。それでも本心からそう言っているようだった。


「キルトは本心では戻りたがっているはずだよ。鞄を繕い、中身を調え、地図をぼんやり眺めているのも見たな。ただ少し、臆病になっている彼には背を押す誰かか手を引く誰かが必要なのだろうさ」


 話は終わりというようにレティは食事に戻った。自身のことに言及しないレティにチコはわだかまりを抱いたが、何を言うべきかわからない。やりきれない思いで目の前の肉にフォークを刺した。






 レティに代わってかって出た皿洗いの最中、悩み続けていたチコはとうとう名案を思いついた。


「レティさんも、一緒に来てくれればいいんです!」


 家持ちが旅をするという発想がなかったせいでなかなか思いつかなかったが、レティがチコやキルトと一緒に旅をしたっていいはずだ。それにレティははがね級制限の土地に住めるくらいの実力者。今後生まれのせいで双容デュオに襲われるかもしれないキルトを守ってくれると頼もしい。これならレティもキルトもチコも、きっと寂しくない。


 そう熱弁するチコの言葉をあっけにとられた顔で聞いていたレティは、最後に至って噴き出した。チコは思わぬ反応にうろたえる。


「そんなに変なこと言いましたか……?」

「っふふ、いいや、キルトの臆病は私に似たのかもしれないと思ってね。しかし私が旅か、なるほどそれは面白そうだ。まあ彼がそこらの双容デュオにそう後れをとるとは思えないけれど……実際昨日のようなこともあったしね」


 チコにはよくわからない言葉もあったが、レティは愉快そうに笑いながら、何度も小さくうなずいていた。


「ふは、うん……うん。せっかくお誘いいただいたのだし、いろいろ検討してみようかな。キルトの心痛は増すかもしれないけれど、ね」

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