第三章

子猫は『最終目的地』へ

 思い出した記憶を頼りに、チコは移動を続けた。キルトの地図に描かれた丸印。『最終目的地』のその場所は、幼いチコを絶望させたけれど、今のチコにとっては希望だった。


 キルトがそこへ向かった確証はなかったが、クロウの言葉が後押しとなった。社会を離れて隠れ住む。師匠の師匠がいるところ。

 はがね級制限の土地は人を避けるのにはうってつけだ。到底住みよいとは思えないが、贈り物を見るだけでも常識外れなお師匠様なら、常識外れな土地に住んでいたっておかしくない。

 それにチコにさえ正体を隠していたキルトが正体を現して帰れる場所がそうそうあるとは考えにくく、自らの師匠の居場所を最終目的地帰る場所と呼んだ可能性は高い。


 高い木の上に止まって翼を休める。狩をして食事を摂るとき以外、チコは天気が許す限り鳥に化けて飛び続けていた。狩のときも追っ手に見つからないように真人に化けるため、魔力はいつもカツカツだ。でもそろそろ、魔力を温存すべきかもしれなかった。


 鳥の目は、霧湧く森と雲衝く山の姿を捉えていた。キルトが『最終目的地』と呼んだ場所はもうすぐそこだ。クロウはチコがたどり着くのを疑っていなかったようだが、チコは自分がはがね級制限の土地に入って無事でいられるとは思わない。それでも諦めるつもりはなかった。


 人がいないことを入念に確認して地上に降りたチコは、真人の少年に化けて最寄りの街に立ち寄った。減った物資を補充しつつ、情報収拾のために耳をそばだてる。黒髪黄金目の二人の双容デュオと三毛猫の双容デュオの捕縛命令はすでにここまで届いており、もうチコ本来の姿では人前に出られなそうになかった。真偽のほどはわからないが黒髪黄金目の二人組や獣を見かけたという噂も聞く。


「山の方に向かっていったんだとさ」

「マジ? 俺らが追うまでもなく死んでるんじゃねえの」

「あっちのほうこがねの死に場所なんて呼ばれてるもんね。命令があってもおいそれとは行けないよ」


 さすがははがね級制限の土地、ひどい言われようである。キルトの師匠が住んでいるのならば心配いらないのだろうが、それでも不安になったチコは早々に町を抜け出した。






 街道を逸れて一人になる。そのとき、ふとチコの心に疑問が湧いた。


 どうして僕は地べたを歩いているんだっけ、早く飛ばなきゃ風が行っちゃう。


 吹きぬける風に両腕を広げて、ほとんど風をつかめないことに首を傾げた。腕を引き戻してじっと手を見つめる。何かがおかしいと感じるのに、何がおかしいのかわからない。そのまま視線を下げて、胸元のブローチに目が行った。


 水晶の中から、猫獣人の女の子がこっちを見ている。


 体の芯がひやりとした。キルトが語った昔話がチコの頭をよぎる。最近ずっと鳥や少年に変化していたせいなのだろう、一瞬チコは自分の本当の姿を忘れていた。ブローチがなければ永遠に忘れたままだったかもしれない。変化し続ける危険性を身をもって感じたチコはとうとう変化を解き、せめてもの追っ手避けに獣型に変容した。身体が小さいから見つかりにくくはあるが、その分距離ははかどらず、魔物として狩られたり魔物に食われたりする危険もある。苦肉の策だ。


 一度伸びをして体をほぐし、チコは山に向かって歩き出した。

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