そして子猫は会いにいく

 扉が開く音がして、チコはとっさに床を蹴った。


「おっと、お転婆だな」


 鳩尾を狙った突きはあっさり受け止められ、チコは距離をとって相手を確認する。


 ランプも消えた部屋の中、廊下から漏れてくる光に照らされた相手は、矍鑠とした単容ユニの男だった。にんまりと余裕そうな笑みを浮かべている。チコは尻尾の毛を逆立てた。

 男は雨具に身を包んだチコと、開け放たれた窓に目をやった。外は嵐で、雨が部屋に吹き込んでくる。


「なんだ、背中を押すまでもなかったようだな。さすがあいつの弟子の弟子。思い切りがいい」


 口元を覆って笑う男の言葉は、チコには聞き流せないものだった。


「……止めないんですか?」

「重要参考人ではあるが、取り調べも済んだしな。獣人郷の襲撃については、あちらの使役者の男しか詳細を知らんだろう。君を此処にとどめおくより、あの子を追ってもらったほうがいい」

「……キルトさんを捕まえるためですか」

「あの子には最終的には裁きを受けてもらいたいが、その前に社会に戻る決心をしてもらわねばならんな。やろうと思えば一生社会から離れて隠れ住めるぞ、あいつらは。戻ってきたいと思わせるなら、最も付き合いが長い君が適任だということだ」


 意図を読み切れず警戒を解かないチコに男は苦笑し、一通の手紙を差し出した。


「ついでにこれを届けて欲しい。俺は君を見逃すが、明日になったら協会から、二人の双容デュオの捕縛依頼を発表せねばならん。おそらくは君の追跡命令もだ。双頭犬の罪状が罪状だからな、恨んでくれるなよ」

「……協会の人なんですか?」


 手紙を受け取りチコは尋ねる。手紙の差出人にはクロウ、宛名にはレスティアと書かれていた。男——クロウは扉を閉める前に振り返り、にんまり笑った。


「お前さんの師匠の師匠の、友人だよ」


 扉が閉まるとチコは手紙をしまって窓に駆け寄り、勢いよく飛び出した。夜闇がチコの身を包み、風雨の音が世界を覆う。逃げるには絶好の夜だ。足跡も匂いも、嵐が流し去ってくれるだろう。雨粒に頬を打たれながら、チコはまっすぐ前を向いて駆けた。





 翌朝。雨上がりの空から、薄く日が差している。

 無人の部屋と開けっ放しの窓、びしょ濡れの床を見たシェリーは痛む頭を押さえて決意した。


 いつか再会したら、あの似た者師弟は焼く。


 火加減の練習をしておかないとと考えつつ、水たまりを拭く布を探しに戻る。知らずその口角が上がった。


 ——ただし、元気で笑っていれば、レアで許して差し上げましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る