子猫は自分を見つけだす

 ガルは、チコに鞄の中身を確認するように言ってから出て行った。職員が運んだから滅多なことはないだろうが念のため、と。


 鞄を開けて最初にチコの目についたのは、花染めの巾着だった。ぐっと息がつまり、慌てて目をそらす。

 鞄の中身を全部出して並べ、記憶と変わりないのを確かめてしまい直す。最後にしまおうとした巾着は、少し迷って膝の上に置いた。鞄をカチリと閉めてベッドの端に座り直す。


 巾着の口を緩めて傾けると、ころりとブローチが出てきた。受け取った時のような純粋な喜びは、今のチコの心に浮かぶはずもない。中心の現水晶に映るチコは浮かない顔をしていた。


 不意に窓がぱっと明るくなった。光は一瞬で消え、数拍おいて遠く雷鳴が響く。


 雨の打ち付ける窓に視線を向けたチコは、ブローチに目を戻して瞠目した。


 現水晶の中には幼いチコがいた。見覚えのあるフードをかぶって両手で引き下ろし、肩を震わせている。フードの陰からはいくつも雫がこぼれ落ちていた。


 息もできずに見つめる大人のチコの前で、幼いチコがフードを持ち上げた。ぐしゃぐしゃに泣き崩れた不細工な顔が現れる。とめどなく涙を流す若葉色が、懸命に大人のチコを睨みあげていた。


『——どうして!』


 幼いチコの叫びは鼓膜を震わせることはなく、チコの心にだけ響いた。


『——どうして、みんな私を置いて逝っちゃったの!?』


 どすんと胸にぶつかられたような衝撃だった。チコは細く息を吐いた。


 置いていかれちゃった。


 見つからなかった傷口が、ようやく見つかった気がした。気づいた途端に痛みが増す。ずきずきと痛む胸を押さえてチコは喘いだ。幼いチコはこんなにも泣き叫んでいるのに、大人のチコは泣けないのだ。


『——連れてってくれれば、良かったのに』


 そうだね。大人のチコも同意した。キルトの嘘を知って傷ついたとしても、そうすればきっと泣けなくなることはなかった。


『——全部、亡くなっちゃった』


 その言葉にチコははっとした。チコはキルトに置いていかれたけれど、でも、


 まだ亡くしたわけじゃない。


 幼いチコが両腕で涙を乱暴に拭う。その拍子にフードが外れて、三色みいろの髪と三角耳があらわになった。チコが大嫌いだった髪の色。幼いチコは大人のチコを振り仰ぎ、新たな涙を流しながら、渾身の力で叫んだ。


『——会いたい!』


 大人のチコの胸のうちに、痛みとは違う熱が生まれた。その熱はじわじわ広がって、知らずこわばっていた身体の力が抜けていく。


 そうだ。会いに行けばいい。会いに行って、噛み殺す勢いでぶつかって、チコの怒りを思い知らせてやるのだ。そして、全力で泣いて困らせてやろう。気が済むまで泣いたら笑いかけて、そうしたら、また笑い返してくれるだろうか。


 幼いチコはまだ泣いている。大人のチコは水晶の表面に指を当て、拭うように動かした。


「もう家族はいないけど。家族みたいに大事な人に、会いに行こう」


 幼いチコはじっと大人のチコを見上げて、それからへにゃりと下手くそに笑った。






 まばたきすると、現水晶に映るのは今のチコの顔に戻っていた。うっすら上がった口角と、挑むような若葉色が水晶の中から見返している。


 チコはブローチを胸元につけた。


 外では風が強く吹いて、窓をがたがた揺らしている。雨脚も強まってきていて、今夜は嵐になりそうだった。

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