保護者は子猫の跡を追う
すん、と鼻を鳴らしたガルが飴色の目をぎゅっと細めた。
「ついさっきまで獣人がいたみてぇだな。多分若い女だから、十中八九オメェの相棒だろうよ」
「本当ですか!? どこに向かったかわかりますか!?」
「ちょっと落ち着け」
詰め寄る勢いのキルトを制して、ガルは辺りを歩きまわった。首を傾げながら最初の場所に戻り、一本の木の幹を叩く。
「この辺一帯にうっすら匂いが残ってるが、一番強いのはこの木の周りだ。他の方向に続いてる様子はなかったぜ」
「え? 猫獣人ちゃんはどこに?」
「……上、でしょうか?」
揃って木の上を見上げる。木の葉が穏やかにさざめくばかりで、人が隠れているとは思い難い。
「上よりは、下の方が匂いが濃いような……まあ地面歩いてりゃ当然なんだが」
思ったほど役に立てなくてすまん、と頭を掻いてガルが詫びる。いえ、と答えながらもキルトは気落ちした様子だった。そんな中、木の根元を見たシェリーが首をかしげる。
「……ここ、昨日は穴が空いてなかったかしら?」
高低差のある地面にただ生えているだけの木、に見えるが。その根が地面の一部を避けるように広がっているのが、不自然といえば不自然だった。近づいたシェリーが根の避けた地面を叩いてみるも、手が沈むことも輪郭が揺らぐこともない。
「記憶には自信があるんだけど、昨日の穴の方が幻だったのかしら……」
肩を落とすシェリーの手元を、キルトは注視した。シェリーが地面を叩いたときの音が気にかかる。奥に空洞がある音のように聞こえたのだ。
「その逆に、穴が本物で、地面の幻が思い込みで強化されているだけかもしれません。少し離れていただけますか」
キルトの言葉に従いシェリーとガルが十分に距離を取ると、キルトは左足を軸に身体を捻り、右足の裏でそこを蹴りつけた。ドンと重たい音が響く。反動に逆らわず跳び下がると、切り取られたように一部の地面だけがぐわぐわと波打つのが見て取れた。
「ずいぶん厳重な幻でしたね……と」
もう一度、今度はかすめるように回し蹴りを放つ。地面の幻は裂けて解けて消えていった。
そこには、小柄な人間一人分くらいの横穴が、ぽかりと口を開けていた。
「記憶通りだわ」
「頭脳派かと思えば力尽くだもんなぁ、嫌いじゃないぜそういうの。匂いはこの先に続いてるみてぇだが、しかし魔物くせぇな。多分どこぞの魔物の巣穴だぞ、これ」
ほっとしたシェリーと笑いを噛み殺したガルが横穴を覗き込む。足を軽く振って痺れを逃していたキルトが口を開いた。
「巣穴は流石に危険ですし、ここからは俺一人で、」
「アホが。迷路ん中をどうやって捜す気だ。……まあオレの嗅覚も、こんだけ魔物の匂いが濃くちゃあんまりあてにならねぇけどよ」
「アタシ記憶力はいいの。捜すのには役に立てないけど、迷子だけは防げるわよ。幻は見破ることもできないけどね」
ずんずん巣穴に踏み入っていく二人を、キルトは慌てて追いかけた。
「……よろしく、お願いします」
ゆっくりと、しかし着実に、三人はチコの跡を追っていた。
「右……いや、左のほうが新しいな。あ"ー魔物の匂いがうざってぇ」
先頭を進むガルはずっと鼻筋にしわを寄せている。シェリーはその後ろで油断なく目を配っていた。
「今の所巣穴の持ち主は見当たらないけど、こんな広い巣穴なら、魔物もきっと大きいわよね。とりあえず紡錘熊ほどじゃ無さそうだけど」
警戒を解けない心境の問題か、どこか張り詰めた空気を感じる。そこかしこに明かりはあるものの、暗がりから見られているような、足音に紛れて得体の知れない息遣いが聞こえてくるような、そんな薄気味悪さが拭えない。ひんやり湿った空気も相まって、シェリーは肩を震わせた。
ふと、最後尾を歩いていたキルトが足を止めた。
「……今、声が」
「声?」
ガルが耳をあちこちに向けるが、せいぜい聞こえるのは風の音程度で、声らしいものは聞こえなかった。
「チコの……。すみません、先失礼します!」
シェリーとガルの横をすり抜け、キルトは道の先に駆け出した。幾つにも別れた道を迷いなく進み、狭く薄暗い地下道を苦もなく駆け抜ける。シェリーとガルは危うく置いてけぼりを食らいかけ、はぐれまいと必死に追いかけた。それでもじきに振り切られて、途中からはガルの鼻で追跡する羽目になる。
「なんだアイツ幻でも見たか?!」
「速い速い何あれ人間?!」
キルトの行動に色々な意味で恐れおののきながら、二人は騒がしく走っていった。
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