子猫と保護者のお買い物
包みと緩衝材を処分してから二人はロビーを出た。本日は晴天。朝のひんやりした空気は仕事始めの活気に満ちている。
「今日は買い物ですか?」
「そうだね、仕事の出発は明日にしよう。何が減ってたかな、軟膏、干し肉……」
並んで商店街を歩き出す。二人は昨夜この街に着いたばかりだった。旅の間に減った物資を補充し、備えを十全にしなければ危険な森には向かえない。
「布巾が燃えましたよね」
「そうだった。まあ買い替えどきではあったけど」
街に向かう道中、木の枝に干していた布巾が燃闘牛に炭にされるという事故があった。燃闘牛は角が燃えており、その光のせいで目が悪いので、動くものにとにかく突進する習性がある。優雅に風に吹かれていた布巾は、哀れ餌食になったのだ。
二人は最初に目についた布小物の店に入った。キルトは迷わず無地の布巾を数枚手にとって会計に向かう。チコは、目立つ所に陳列された可愛らしい色柄の巾着やポーチに見入っていた。
「チコ、あんまり触らないんだよ」
「わかってますってば、何歳だと思ってるんですか」
チコはふくれっ面をした。キルトにお釣りを渡す店員が笑っている。キルトが品物を受け取り戻ってくるのに合わせてチコは店を出た。
「よかったの? 買わなくて」
「ん〜、今はいいです。収納は足りてます」
歩く通りに威勢のいい声が飛び交い始め、チコはぺたりと耳を伏せる。生鮮市場の喧騒はどうにも慣れない。肉屋の一つに寄っていくキルトの後を少し遅れて追った。
店の前で呼び込みをしている男性が、キルトに気づいて声をかけた。
「お、ニイちゃん見かけん顔だねぇ。旅人かい? 保存のきくのはあの辺にまとめて置いてるよ」
「ありがとうございます」
指し示された先に、塩漬けにしたり干したりした肉が種類別に並べられている。チコとキルトはその前に立ち止まって相談した。
「どれがいいかな」
「わ、燃闘牛の塩漬けもある……でも干し肉の方が軽くていいですね」
「猪……はさすがに高いな」
「私は鹿が好きです」
最終的に鹿の干し肉を数枚購入し、快活な店員に手を振られて肉屋を後にした。生鮮市場を抜けると、今度は落ち着いた雰囲気の店が並びだす。
「あとは薬屋だね。装備は大丈夫? 剣が振りにくいとか、靴がきついとか」
「大丈夫です! 靴はこの前買い換えたばっかりじゃないですか」
古めかしい薬屋の看板が見える。入ろうとしたキルトは、チコがついてきていないことに気づいて振り返った。チコは一軒手前の店を見つめていた。
「宝飾店……いや、魔道具専門店なのか」
「はっ、すみませんキルトさん。今は薬屋でしたね」
戻ってきたキルトにチコが慌てて顔を向ける。キルトは笑ってチコの頭を撫でた。
「いいよ、見ておいで。掘り出し物があるかもしれないし。勝手に他の店へは行かないでね」
「もー、子供じゃないんですから」
薬屋に行くキルトと別れ、チコは魔道具店に足を踏み入れた。尻尾は身体の前で持っておく。うっかりぶつけて商品を壊したら大変だ。
魔道具は、その名の通り魔法がかかった道具だ。誰でも容易に火を起こせる着火杖、魔物に襲われにくくなる設置式や持ち運び式の魔物除けなどがよく知られている。材料や技術の関係で高価になりやすいため、宝飾店に置かれることが多い。
チコは店内の商品を端から順に見ていった。着火杖、魔物除けは比較的安価だ。チコには自前の魔法があるので着火杖は持っていないが、持ち運び式の魔物除けを一つ持っている。気休めなどと揶揄されることもあるが、野営時にはやはりあった方が心強いのだ。跳び靴や飛び靴には心惹かれるが、これは高い。そして
「う〜ん……いつか、いつか」
チコはそっとため息をついた。綺麗で実用性も高い装飾品系の魔道具は随分前からの憧れだけれど、まだまだ手は届きそうにない。キルトと一緒に仕事をしているおかげでチコも年齢に比べれば稼いでいるはずなのだが、命に関わる方からお金をかけていくと案外残らないものである。旅暮らしというのも一因だろう。
チコがきらきらの前で釘付けになっていると、後ろから声がかかった。
「こっちは終わったよ。ああ、産地だから現水晶の加工品が多いね」
ひょいと覗き込んできたのはキルトだった。軟膏は無事買えたらしい。薬屋特有の苦い草の匂いがかすかに香った。
「現水晶は魔道具になるんですか」
「基本は幻惑魔法関連の魔道具に使われてるんじゃないかな」
目の前の装飾品には、なるほど透明な水晶が使われているものが多かった。球や規則的な多面体の形に磨かれて輝いている。
「いつか一つくらい買いたいんですけど、まだ無理そうです」
「高いものね。まあ見る目を養っておいて損はないよ」
もう少し時間をとって魔道具を眺めてから、二人は店を出た。食事処を探してのんびり歩く道すがら、思いついてチコは訊いた。
「そういえばキルトさんはあんまり魔道具持ちませんよね」
「うーん、なんと言うべきか。師匠が魔道具に凝っていたせいで目が肥えたんだよ。下手なものは買いたくないし、下手じゃないものは懐が痛い」
どこか遠い目でキルトは答える。チコは深く頷いて納得した。
「聞けば聞くほどすごいお師匠様ですね。一回会ってみたいです」
年一で強烈な存在感を示すキルトの師匠だが、チコは会ったことがない。不仲ではなさそうだが、キルトが師匠に会いにいく様子もなかった。
「いろいろ難しいかな。でも、いつか会わせられたらいいと、俺も思うよ」
チコの言葉に、眉を下げてキルトは笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます