子猫とお勉強とお届け物

 冒険者——それは、魔物と戦う者。未踏の地を目指す者。

 戦いを望む武芸者、未知を目指す探求者、さらには一攫千金を狙う博打打ちから、果ては他の道を失った者まで。真人、獣人、家柄問わず。冒険者協会はあらゆるものを受け入れる。


 そんな謳い文句で運営されている冒険者協会の主な仕事は、冒険者への仕事の斡旋だ。仕事の依頼は民間から広く募集され、町内のおつかいから秘境の探索、魔物の討伐と多種多様。その依頼を審査し、達成可能な冒険者に割り振るのが協会の役目である。

 世界中に根を張る冒険者協会は大抵の町街に支部を持つ。仕事の受付のほか、周辺の地図や植物および魔物の図鑑が貸し出されており、冒険者たちを手厚く支援している。






 そんな冒険者協会支部の一つ、一般開放されたロビーの片隅で、キルトとチコの第四十三回お留守番戦争は決着した。『禁帯出』と赤字で書かれた地図と魔物図鑑をテーブルに置き、キルトは告げる。


「仕事内容の説明のあと、地理と魔物について勉強ね」

「はーい」


 いつものことなのでチコは素直に頷いた。チコとキルトは向かい合わせに椅子を引いて座り、キルトが説明を始める。


「今回の仕事は、うつつ水晶を集めること。現水晶はこの街の特産品で、東にあるまやかしの森で拾うことができる。森に落ちてる無色透明な石は大体それだと思っていいよ、サイズは大きくても親指くらい。集める量はこの袋いっぱいね。俺は他の袋を使うから、これはチコが持っておいて」


 キルトは手のひらサイズの袋をチコに渡した。受け取ったチコは首を傾げる。


「それもしかして見つけにくいですか? この袋、親指十本分くらいですけど」

「ちょっとむごい想像をしてしまうからその言い方はやめようね?

 職員いわく、水晶探しの達人でも一日十個が限度らしいよ。ただサイズに言及はなかったからね。俺たちが袋いっぱいにするには数日はかかるんじゃないかな」


 つまりはお留守番もそれくらいの予定だったわけだ。チコは口を尖らせたが、蒸し返すのはやめてあげた。キルトは地図を広げて話を進める。


「仕事内容についてはこれくらいでいいかな。次に地理、まやかしの森はどこもかしこも幻だらけなんだ」

「えー、幻ですか……」

「留守番しておく?」

「しません!」


 チコが嫌そうな声を上げた途端にキルトの方から蒸し返してきた。断固拒否のチコは尻尾でべしりとキルトの脛を打つ。キルトは苦笑して説明に戻った。


「『見たいものを見せる』傾向があるらしい。それ以外でもあっという間に景色が変わるから、慣れていないとよく迷う」

「すごい数の注意書きですね。『好都合なことは疑うべし』『位置の確認には空と川を見るべし』『仲間とはぐれたら森中での合流は諦め森外を目指すべし』……」


 キルトと一緒にチコも地図を覗き込んだ。端の方になかなか見ない量の注意書きが並んでいる。それを一つ一つ読み、それから森と街との位置関係や、森中の大きな川の流れを記憶していく。一通り確認したチコは頷いた。


「覚えました。目印が少なくて心もとないですけど」

「半端な大きさじゃ幻に隠されてあてにならないんだろうね。じゃあ次は魔物。まやかしの森の生態系はこれまで通ってきた森とほとんど変わらないよ。一つだけ固有種がいるけど……脅威というほどでもないし、滅多に出会わないからあまり気にしなくていい」


 チコはキルトに渡された図鑑をぱらぱらとめくる。確かに見覚えのある魔物ばかりだった。およその生態や対処法はもう覚えているので、次々ページを送っていく。


 その途中で声をかけられた。


「すみません、キルトさんですよね?」


 二人が顔を上げると、制服を着た協会職員がテーブルのそばに立っていた。職員は手に持った小包を掲げてみせる。


「あなた宛の荷物が届いておりまして」


 各地に支部を持つ冒険者協会は手紙や荷物の配達も請け負っている。いくつかの質問による本人確認と受取証明を済ませ、小包をキルトに渡した職員はせわしなく立ち去っていった。


「いつものですか?」

「いつものだね」


 荷物を見下ろすキルトの黄金色の目は淀んでいた。対してチコの若葉色の目は期待一杯に輝いている。

 チコに覗き込まれながらキルトは慎重に小包を開けた。中身は緩衝材、液体が入った小瓶、それから手紙。手紙を開いたキルトは小瓶を手に取り、速やかに鞄の奥底にしまい込んだ。沈痛な面持ちで丁寧に手紙を畳み直すキルトを、チコは苦笑して見つめる。


 手紙にはこう書かれていた。


『天使の涙を贈る。いつでも帰ってきなさい』


 天使の涙とは、死の淵にあるものも生き返るという伝説のある薬である。調合方法は失われて久しく、かつてそれを生み出した薬師が遺した数本しか存在しないという。

 価値がわかる者に見つかってしまえば面倒なことになるのは必至。とりあえず人目につかないところにしまったキルトは正しい。


「相変わらず常識外れなお師匠様ですねぇ」

「口外無用で」

「わかってますよぅ」


 キルトの師匠はおかしい。伝説じみた希少品を年一回くらいのペースでぽいっと送ってくるのだ。二人は旅暮らしだから、送り先なんてわからないはずなのに。しかも一年以内に絶好の使用機会がある。多分千里眼か何か持っているのだろう。キルトは毎回頭を抱えているが、チコはもう慣れて、次は何が送られてくるか楽しみにしている。


「しかしコレの使用機会か……チコ、やっぱりお留守ば」

「いっ、い〜イヤです!」


 大怪我の予感にチコは一瞬怯んだが、それでも留守番のほうが嫌だったらしい。キルトは嘆息し、改めて覚悟を決めた。

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