ねこかぶりは夢をみる

斬刃

第一章

子猫はお留守番が大嫌い

 一触即発。


 その二人の雰囲気には、まさにその言葉が相応しかった。


 かたや黒髪の青年。名をキルトという。黄金色の目で相対する相手を見下ろしている。

 かたや黒茶白の移ろいが美しい髪に赤いリボンを結んだ少女。名をチコという。若葉色の目でキルトを見上げている。髪の合間から突き出る三角耳は伏せられ、腰から伸びる尾は神経質に揺れている。猫獣人の警戒のサインだ。


 キルトが口を開く。その言葉が引き金だった。


「お留守番をおねが」

「イヤです!」


 ここに、第四十三回お留守番戦争は開幕した。


「チコ、いつも言ってるけど、指名依頼には連れていけないよ」


 チコの目をまっすぐ見て、キルトは諭すように言う。顔をしかめてみせるも、元が柔和な顔立ちのせいかいまひとつ迫力がない。


「指名依頼でも、極秘とかじゃなきゃ協力者を募っていいって、職員の人に聞いたんですから! 私だってキルトさんのお役に立てます!」


 目を吊り上げ、チコはキルトを睨み上げる。身長差と元の愛らしい顔立ちのせいか、こちらもあまり迫力がない。


「守秘義務とかじゃなくて、危険だからダメ」

「私もうキルトさんと同じ階級なんですよ? 足手まといにはなりません!」


 冒険者協会から冒険者一人一人に与えられる階級は、その冒険者の大まかな実績と実力を表す。ひと月ほど前にチコの階級が上がったことで、二人の階級はしろがね級で並んだ。まだ上はあるものの、上級者と言われる階級だ。


 しかしキルトは腕組みをして首を振った。


「階級が同じだからって、俺と同じことができる?」

「……それは……」


 チコが勢いを失う。同時に、耳と尻尾がうなだれた。猫獣人の耳や尻尾は感情に正直だ。それを見たキルトはちょっぴりばつが悪そうな顔をしてチコの頭を撫でた。


「帰ってきたら一つだけお願い聞くから」

「そーやって子供扱いする! 私もう十五ですよ?!」


 チコの尻尾がぶわっと膨らむ。キルトはついと目をそらした。五年前と変わらぬ対応はまずいという自覚はあるらしい。誤魔化すように頭を撫で続けた。

 全身全霊で不服を表していたチコが、ハッと何かを思いつく。キルトは嫌な予感に襲われて手を止めた。


「キルトさんキルトさん」

「……なんでしょうかチコさん」

「さっきの、前回私を置いてったときも言ってましたよね」

「…………そうでしたっけ」

「前回、私はいい子で待ってました」

「出発前はごねてたけどね……」

「お願い、まだ聞いてもらってませんよね?」

「……」


 満面の笑みのチコを見て、キルトは眉間を押さえた。多分言った。留守番を嫌がるチコに、帰ったら一つお願いを聞くと。チコのだだこねがそれで止まったわけではなかったので、履行の必要性についてはやや疑問が残るが……明確に破棄した覚えも、お願いを叶えた覚えもない。ここでキルトの律儀さが首を絞めた。


「というわけで、約束通りお願い聞いてください。今回はついていきます!」

「もはやお願いというか宣言だね……」


 キルトは顔を覆った。ふう、と大きく息を吐き出して腹をくくる。顔を覆っていた手を外して、チコとしっかり目を合わせた。


「俺から離れないこと、指示に従うこと、己の生存を第一に行動すること。いいね?」

「はい!」


 耳と尾をぴんと立て、飛び上がらんばかりに喜ぶチコを見て、キルトはひとつ決意を固めた。子供扱いは早急に改めよう、絶対に。


 こうして、第四十三回お留守番戦争はチコの初勝利で幕を閉じた。

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