第30話『一難去ってまた一難?』後編

「大丈夫かい? 作本くん」


 突如現れた四人組の男。

 リーダーと思われる男が俺の元につかつかと歩いてくると、取り巻きにいた大柄の男と中柄の男が夫馬先輩目掛けて殴りにかかる。


「……チッ、二対一は少し分が悪いな」

「俺らマジやべーっしょ!」


 状況把握の出来ない俺を気遣ってか、リーダーが説明してくれた。


「あの時は本当にすまない。……けど、僕達は心を入れ替えたんだ。信じて欲しい」

「信じろって言われても……」

「確かにしたことは紛れもないセクハラだ。許されることはないだろう」


 申し訳なさそうにするリーダー。

 まあ、セクハラしたなら反省はすべきだろう。……で、何故俺にそれを言った? マジで意味わからん……つーか、


「誰?」

「えぇ? 酷いなぁ……同じクラスなのに」

「あ、マジすか、サーセン」


 陽キャオーラ発するヤツとは関わらんようにしてたからなぁ……マジでわからん。

 いや、多分あんまり気にしない方がいい奴だ。


「改め――堅信! 援護してきて!」

「うい」


 大柄と中柄の奴らがやられそうなのを見て、もう一人の小柄に促す。

 そしてそのまま俺に視線を合わせていたリーダーは立ち上がると、


「僕の名前は服部純己。碧海ちゃんにセクハラした者さ……名前だけでも覚えていって!」


 それだけ言い残すと、純己も加勢に向かった。

 ぽかんと口をあんぐりと開ける俺がボーッとしていると、ハッと意識が覚醒して。


「そりゃ忘れねぇし……夫馬先輩の後はお前を倒すとするよ」


 と、沸々と怒りが湧いてくるが、今は爆発させてはならない。純己は味方をしてくれているのだから。

 ……って思っていたのに。


「四人は流石に堪えるなァ……さて、元気かな? 作本くん」


 ニタァ……と笑って、こちらに近づいてくるのは夫馬先輩だ。

 クソ、あんなに威勢よかったのに四人衆はやられたのかよ……!


「さして君に何かしようと思っていたわけじゃないが……変にスイッチが入ってしまったなァ? ということで……君も戦ってもらおうか?」

「……ッ!」


 既に何度も経験した敗北。

 だから俺は情報集めに走った。けれど、それでも勝てず、今の夫馬先輩は指をポキポキと鳴らして臨戦態勢。あの四人衆め、いらん事しやがって……!


「万事休す……」

「って、タイミングでヒーローは現れるよね」

「大丈夫ですか!? 作本先輩!」


 ドアの前に立つコマツナと、心配して駆け寄ってくれた田島。


「女二人で大丈夫かァ? 噂の半分がオレじゃないとしても、捉え方を変えれば半分はオレなんだぜェ?」

「そう。でも私からすればだから何? って感じだけど」

「威勢の良さだけは褒めてやるよ」


 力勝負になれば確実に負けるのはコマツナだ。どうにかして助けてやりたいが、俺の足は竦むばかり。


「夫馬先輩! もうやめませんか!? 男女平等に楽しく生きる選択もあると思います!」


 コマツナを庇うようにして前に出たのは、田島だった。

 こんなにも俺を庇い、そしてまた庇い合う中、俺は一体何しているんだ……!


「田島さん、付き合ってたのにヤれなくて嫌だったでしょ。今からでもヤろうか?」

「何を言って……そんなことするわけ――キャッ!」


 平手打ちをモロに喰らった田島は近くの机に激突。

 頬を赤く腫らした田島は目を瞑って動かない。


 ――瞬間、俺の何かが外れた気がした。


「てめえええええ!」

「威勢は褒めるって。――けど、雑魚はお呼びじゃねーんだよなァ?」


 力勝負では負けるのはわかっている。身をもって経験している。

 それでも今の俺は、無策でも突っ込むしかなかった。脳内にあるのは――ぐったりと倒れ込む田島の姿だけだ。


「――そこまでにして!」


 ピタッ……と、互いの拳が止まる。

 声を発した先、コマツナの方を互いが見る。

 するとコマツナは、夫馬先輩の前に立った。


「いいんですか? こんなこと、先生にバレたら退学じゃすまないですよ?」

「ほう……脅しか。だが、それじゃあぬるい」

「というと?」


 訝しむコマツナを笑い飛ばし、夫馬先輩は口元をニヤつかせると。


「オレは生徒会副会長だからなァ? 大抵の事は許されるし、犯行もバレないよう隠し通せる。――権力を持つってのはそういう事だ、わかったか?」

「でも……ッ!」


 口答えしようとした矢先、夫馬先輩の平手打ちが炸裂。

 声は抑えたものの、ふっ飛ばされたコマツナは立ち上がれない。


「わからねー奴は力を行使する。それが正義に一番近づく、お前もそう思うだろ?」

「思うわけねぇだろ! あんま調子乗ってっと……グッ!」

「乗ると、何?」


 顔を捕まれ宙に浮いた俺は、ジタバタしたところで勝ち目はない。

 クソ……これだけお膳立てされても、俺は勝てねぇのかよ……!


「――そこまでよ、和颯」


 美しくて、けどどこか棘のある声色がコンピューター室を支配した。


「生徒会長か。ラスボス登場ってか?」

「何を言っているのかしら? 学校のボスはでしょう?」

「あ? どういう意味だ」


 現れた水越先輩は余裕の笑みを浮かべる。

 なんで……? 現状四人衆がやられて田島、コマツナ。そして俺までやられる現状で、なんで余裕そうなんだよ……!?


「夫馬! そろそろ見過ごせねぇぞ!」

「!? お前、まさか……!」

「まさかも何も。学校において最強の決定権を持っているのはでしょう?」


 何食わぬ顔で、水越先輩は答えた。


「お前には話がある! 職員室まで来てもらおうか!」

「クソッ! クソッタレエエエエエエエエエエエ!!」


 襟首を掴まれて引き摺られる夫馬先輩を知り目に、俺はへたり込む。

 そこにやってきたのは、水越先輩だった。


「ふふ、柊はまだ大丈夫そうね。でも念の為、少し安静して」


 と、俺に注意だけを促すと、他のやられた生徒に回る。

 カレカノらは出血もあるため、病院に送ると伝えているのだろう。

 ……流石生徒会長。みんな平等だ。


 一通り伝え終わると、再び俺の元にやってきた。

 何か言おう、そう思って口を開こうとした途端……だった。


「よく、無事でいてくれた……!」


 顔に柔らかいものがあたる。

 十八禁熟知の俺はわかる。これは〝胸〟というもの!


 柔けぇ揉みてぇ……けど、多分状況違うよねすみません。


「よくやってくれたわ……! 生徒会長として、生徒を代表して礼を言わせて。ありがとう」


 きっと、俺が水越先輩を好きになったのはこういった優しさからだ。

 仮に生徒会長だからって、本心から生徒を代表して礼を言えるか? 多分、俺なら無理だ。


 伝わりやすい優しさではない。このような細かな優しさから俺は――水越先輩を好きになったのだ。


 その後、夫馬先輩は当然退学となった。

 そして体育祭も無事に終えてやってくるは――夏休みだ。


 ……の前に、一つ事件が起きていた。


 *


「ただいま」


 夫馬先輩との決戦を終えた夜、帰宅すると志音は夜ご飯を作り終えていた。


「ごめん、遅かった」

「んーん。わかってたからいいよ。それより勝てた?」

「勝つって表現も合ってんのかわかんねぇけど……とりあえず勝ったんじゃねぇかな」


 退学においやってしまったのは負い目を感じるが、やっていたことは極悪非道。到底許していいことではない。


 料理を囲んで座った俺達は、合わせて「いただきます」で口に運んでいく。

 それなりに食べ進めると、ふと思い出したのか志音は一瞬手を止めて、


「この前来てた碧海さんいるじゃん?」

「あー、いるな」

「その子、昔会ってたって知ってる?」

「んー? ………………はぁ!?」

「やっぱり知らないと思ったー。はい、どうぞ」


 渡されたのは一枚の写真。

 だが、そこに写っていたのはやけに陽キャでずっと虫取りをしていそうな少年と。


「この眼鏡で前髪でほとんど顔が隠れて、いかにも芋臭い感じのって……」

「それが碧海さんだよ。押し入れに入ってた」


 今のキャピキャピした雰囲気は一切無い。

 あるのは〝私はソロプレイを楽しんでるだけだし〟といいかねない雰囲気の女だ。


「……どういうことだ?」

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