第28話『志音の疑問』

「お兄ちゃん、明日喧嘩するの?」

「? 突然どうした、妹よ」


 日曜日、妹の志音が声をかけてきた。

 特に予定の無かった俺はリビングでくつろいでいたのだが、志音は隣に腰をかける。


「なっちゃんから聞いた」

「あれ、お前コマツナのことそう呼んでたっけ?」


 まあ、仲良くなるのはいい事だけど。

 にしてもまさか妹にまで知られて、しかも心配までされているのか……。

 あんまり心配して欲しくないし、気にかけても欲しくないな。


「そんな大層なもんじゃねぇよ。ただの話し合いだ」

「ふーん」


 明らか信じていない眼でこちらを見る志音。

 ……クソ、コマツナどこまで話したんだよ。


「嘘つくほど、言いたくないこと?」

「……いや、別にそういうわけじゃ」


 俺は思わず口ごもってしまう。これは俺から話してやらなければ、納得してくれないな。


「まあ、なんつーの? 田島っていう俺の後輩が先輩に利用されてるから、助けてやろうかなーって」

「ふーん。利用ってどういうこと?」

「結構可愛いんだよ、田島。だからさ、付き合ってアピールする……みたいな」


 大まかな内容は間違っていない。が、根本的には多少違っているが、それは兄妹間で話すことではないだろう。


「志音、なっちゃんにヤリチンがイキってるから更生させるって聞いたんだけど」

「ぶっ!」


 コマツナ……あの野郎……ッ!


「……いや、兄妹で話すようなことじゃねぇと思ってだな」

「確かにそうだけど、知ってる側からしたら教えてもらえないと結構信用問題に関わっちゃうよ……」


 しゅんと落ち込んだ志音が間違いを言っていないことは俺も理解している。

 ……そうだな、志音は全部知ってんだ。隠す方がおかしな話だ。


 ――俺は全てを話した。

 大元は夫馬先輩がヤリチンで、女の人は勝手にヤったことにされて困っている。そしてコマツナと田島も狙われて、田島は既に取り込まれている(付き合っている)、と。

 そして取り込まれた田島を含め、様々な女生徒がセフレ扱いを受けている。


 兄妹で話す内容ではないかもしれない。

 それでも俺は、もう隠すことをやめたいから。


「なるほど、なんかその学校行きたくないよ」

「俺もあんま行きたくねぇよ。水越先輩が行ったから決めたけどなぁ」


 まあ俺は、水越先輩がいればそれでいいんだけど。

 でも、知ってもらって志音には来ないでもらいたいな。


「大体はわかったんだけどさ、一ついい?」

「ん? 何?」


 俺が聞き返すと、志音は瞳を細めて。


「田島さんが利用されてるから助けるって言ってたじゃん?」

「まあ、そうだな」

「でも付き合ってるってのは田島さんも合意で言ってたんだよね?」

「それが?」


 一呼吸置いて、志音は睨めつけながら。


「それってさ、主観入りすぎじゃない?」

「主観? そりゃまあ、俺がやるんだから主観は入るだろ?」

「もちろん入ると思うよ。だけどさ、最初にそれを出すってことは……お兄ちゃん、田島さんのことどう思ってるの?」

「……どういうことだ?」


 言いたいことが分からず、聞き返してしまう。

 こと細かく言わなければ伝わらないことを察した志音は、息をついて。


「色んな女の子が嫌な思いをしている中、合意で田島さんは付き合っている。まあ、セフレ扱いされたのは嫌だとは思うけどね? ……けどさ、多分女の子の中で田島さんが一番嫌な思いをと思うんだよ」

「……だったら?」

「なのにお兄ちゃんは真っ先に田島さんを盾にした。それってさ、意識してる――つまり好きなんじゃないの?」

「何を言って……」


 水越先輩が好きだ。それは何年も変わらない。現状も一途でいると思っている。


 ――けど、水越先輩が関わらない状況だったら?


 俺はコマツナより優先し、田島の名前を出した。それも無意識下で。

 そんな思考の俺の脳内に、田島の「先輩」と呼ぶ声が響く。


「……そうなのか? 俺って水越先輩がいなければ――」


 ――田島の事を好きになっていた。


「多分、この決戦が〝勝ち〟で終われば、好きになってくれる。付き合うの?」


 純粋な質問、なんだと思う。

 確かにそうだ。というよりも、田島は既に俺のことを好きで、告白もしてくれている。

 だから付き合うのは容易で、二番手と付き合えるのなら、美少女で性格のいい女子と付き合えるのなら……全然ラッキーだ。


 ――だけど。


「付き合わねぇよ、俺が好きなのは水越柚葉先輩だけだから」

「…………一途、いずれ後悔するかもよ」


 なんとでも言えばいい。

 何年も好きで追っかけて、実るなんてハナから思ってない。それでも俺は、


「好きになったんだから、仕方ねぇだろ?」


 にへらと笑って、俺は自室に向かった。


 確かに傍から見れば馬鹿なことをしているように思えるかもしれない。

 それでも、俺は馬鹿に思われてでも一途を貫くと決めているのだから……田島には申し訳ないが条件は定めている。


 早く夫馬先輩と決着をつけて、平穏な学園生活を送りてぇな。

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