第27話『田島の言いたいこと』

 焼肉屋にて。


「先輩! 食べ放題ですよ、いっぱい食べて元取りましょうね!」

「元は無理――いや、そうだな! 食って食って食いまくって在庫ゼロにしてやろう!」


 元が簡単に取れないのはわかっている。

 そもそも俺は大食いではないし、見た感じからして田島も食べれるタイプではないだろう。

 ……だからって、目を輝かせる田島を前に本音を言えるわけねぇよな。


「これもいいですね!」


 タッチパネル式の注文方法らしく、田島は好きなものをポチポチと押して注文していく。

 一通り注文を終えた田島はふぅと息を吐いて肉が来るのを待つ。

 その間を利用して、俺は質問をぶつけた。


「話って、何だ?」


 火がつけられていたため、パチパチと真ん中で音が鳴る。

 明るかった雰囲気が一変し、重苦しいのになったのは申し訳なく思うが、訊かなければならない事だ。


 田島は頬を赤らめ、でもどこか表情には陰りが。

 俺はそれ以上言葉を紡がない。田島の発言を聞いてからでないと。

 プレッシャーを与えず、タイミングを探る田島のために。


「わ……わたしは……」


 口を開いた田島だが、言葉はぎこちなく途切れ途切れだった。

 何が詰まるのか俺には分からないが、きっと田島の中に何かしらの原因があるのだろう。

 促すことは先以上に出来ないので、俺がただ口を噤んで待っていると、台パンして田島が大声で言い放った。


「お待たせしましたー、タン」

「わたし、処女ですよ――ッ! ……ふええ?」

「………………置いときますね」


 店員はそそくさと厨房へ去っていく。

 まあ、うん。わかるよその気持ち。なんなら俺だって「トイレ行ってくる」って逃げたいもんね。

 でもなぁ……かぁーっと顔真っ赤にして恥ずかしがる田島を放って逃げるってのも、可哀想な話だよなぁ。


「だ、大丈夫か……?」


 一応声をかけてみる。

 反応はぷるぷると震えて声は無し。

 そらそうだよなぁ……、俺も「童貞だ!」って大声で叫んでるようなもんだし。いや、俺の場合陰キャのバリア機能が働いて「見たまんまだろ」で済むか。悲しいけど。


 だが、田島は俺とは正反対に人生を謳歌している。……高校からしか知らんけど。

 それでも見た感じ、明るくて誰とでも接して人気あるのはこんな感じの人を体現している。

 現に教室に遊びに来た際、周りの男子は皆が目を惹かれていた。


「ま、まあ……なんだ。それ聞けてより安心したよ」

「……安心、ですか?」


 訝しげにオウム返しする田島。

 あんまり首を突っ込ませたくなかったんだが……付き合わされた時点で関わりはあるか。


「夫馬先輩って悪評高いだろ? ヤリチンだとか女たらしだとか。でもまだ田島とは……その、なんて言うか……シてないことを知れたのは俺にとってプラスになったんだよ」

「あ、そ、そうなん……ですね」


 照れる田島はさっきとは変わって嬉しそうに頬が赤くなっている。

 その間にも肉は来ていて揃い始めたので、幾つか焼いて頬張った。


 妹と焼肉風で家でしていたことはあったが、店で食べると違った美味しさがある。

 様々なタレもあって、異なる美味しさが体を駆け巡った。


「ありがとうな、田島」

「? ふぁひはへふは?(何がですか?)」

「焼肉に連れてきてくれた事だよ。田島がいなきゃ……来るのは当分後だっただろうな」


 俺はクスッと笑って田島に感謝を伝えた。


「え、なんですか、恥ずかしいです」

「ばっか、伝えれる時に伝えるべきだろ?」


 と言うと、俺らは吹き出す。

 やはり友達と食べる肉は美味しい。そして、これでスタミナも付けられた。


「先輩」

「ん?」


 焼肉も終盤に差し掛かると、田島は神妙な面持ちで俺を呼ぶ。

 なんだろう……と、しっかり肉を頬張りながら視線を合わせると。


「頑張ってくださいね」

「……? お、おう」


 何の応援かは分からないが、とりあえず返事を返す。


 焼肉を食べ終わりの帰り道、電車に乗る俺達は席が空いていたので隣で座る。

 腹ごしらえが済んでうとうとしだした田島に、俺は肩を使わせた。


「……すみません」

「気にするな」


 なんてカッコつけるが、内心バクバクだ。

 いや、今日一日一緒にいて多少は汗かいただろうに……なんでいい匂いなの? 女の子って特異体質なの?


 心音が聞かれないことだけながら祈ると、田島はスースーと寝息を立てた。

 全くもって無防備な奴だ。俺が狼だったらどうするつもりだ。……奥浦にも同じこと思ったな。

 あれ、俺童貞だから勇気無いと思われてる? 間違ってないけど!


 なんてノリツッコミをしていると、田島が寝言を放つ。


「……頑張って、下さい。夫馬先輩に勝って……無事でいてください……」


 それを聞いて田島の方を向くと、涙を流していた。

 水越先輩かコマツナかが吹き込んだのか。知らぬが仏だと思ってたんだが……。


 俺は田島の頭を撫でながら、


「負けねぇよ、俺は。お前の好きになった奴だぞ? ――苦渋を舐めるのは間に合っている」


 向こうの知らぬ決戦は明後日に迫った。

 今日も準備が出来た、絶対勝ってやる。

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