四限目『夫馬和颯VS作本柊……について』

第23話『大人の階段が目の前に』

「どう? オレ達ラブラブっしょ」

「……だ、だからなんだ。幸せそうなら俺が口出すことはねぇよ」


 元はと言えば田島に危険が及ぶと思って止めに入るつもりだったが、仲良くやる分には何も言えまい。

 俺は教室から出ようとドアノブに手をかけると、先にガチャりと開いた。


「作本先輩! ……どふっ!」

「うおっ……どうした?」


 俺の胸に飛び込んできた田島は後ろに吹っ飛んだ。瞬間、俺は腕で支えると、傍から見れば王子様がお姫様を助ける格好となった。

 だが、それは良くない状況だと判断できた。


 隣には夫馬先輩という田島の彼氏がいる。

 とてもラブラブで、付き合って二週間で様々な所へ遊びに行っている。そんな奴の前でこんなことするなんて――


「ふ、どうしたそんな目をして」


 明らか余裕そうな雰囲気を醸し出し、一先ず田島を立たせて夫馬先輩の方へ向くと、


「なぁ碧海」

「へ……?」


 素っ頓狂な声を上げた田島の肩に腕を回す夫馬先輩は、そのまま出口へと足を運びながら――


「今からさ――前みたいにぜ」

「……はあ!?」


 初めて田島の敬語以外の言葉を聞いた……なんて感想は二の次だ。


「ヤったっ……て?」

「や、ちが……」

「ほらほらー今日は学校いいだろ? 帰ろーぜ」


 そのままスタスタと帰っていく二人を……俺は付いていくことが出来なかった。


 *


 一日経っての放課後。

 あれから田島とは会えていない。……いや、会えるわけが無い。

 俺が一日空けたのは、気持ちの整理をするためだ。


「初めてかな? 柊から誘ってくれたの」

「……まあ、そうかもな」


 入った喫茶店にて、俺は珈琲を一杯啜る。

 その姿に何を悟ったのか、対面に座るコマツナは瞳を細めて。


「で、要件は?」


 機嫌が一転し、悪くなったのがびしびしと伝わる。

 喫茶店に入るまでは機嫌が良かった。が、席に着いて悪くなった……きっと、俺の態度のせいだろう。


「――なるほど、わかってたけど」

「……」


 言っていいのか悩んだ末、俺は田島と夫馬先輩の昨日の出来事を話した。


「あれだけ男子に対してあざとく接する人がさ、経験無いとでも思ったの?」

「いや……それとこれとは……」

「関係ない? 主観入れずに答えてる?」


 見透かしたかのようなセリフに、俺の口は止まった。

 主観が入っていないわけが無い。そうであって欲しくない、願ってコマツナに声をかけたんだ。


 だが、結局現実はそういうもん。

 思いどおりにはならないし、嫌な方向にばかり進んでいく。


「なんてね」

「?」


 突然明るい声を出したコマツナに、俺ははてと首を傾げる。

 オレンジジュースを飲んで喉を潤すと、コマツナはこちらを見つめて。


「一途って……なんだと思う?」

「……は? 一つの事に集中する……みたいな感じじゃねぇの?」

「なんだ、わかってるじゃん」


 ふふっと笑うと、コマツナは「最後の質問」と前置きして、


「どうしてそれを、話したの?」


 ヤってるかどうか、なんて普通話す内容ではない。プライバシーとか諸々含めて。

 それでも俺は、コマツナに話を打ち明けた。


 じゃあそれは何故なのか――


「……そうか、俺は心のどこかで田島を信じていたのか」


 自分でいうのは恥ずかしいが、田島は俺に対して一途だ。いずれ、サインください! って言われたりしてな……誰がわかんだよ。


 俺が一途に水越先輩を想い続けているのと同じで、田島も俺を想い続けていると信じていたから……。


「柊はさ、全て信じてるの?」

「何を?」

「夫馬先輩の


 言っている意味がわからない。

 聞き返そうとすると、コマツナは席を立つ。


「これって奢り?」

「……はっ、オレンジジュースくらい気にするなよ」

「これ、五百円超えてるけどね」

「……ふふふははは気にするな」


 涙目で俺が言うと、コマツナは手を振って去っていく。

 田島に対しては未だ分からないことが多い。だが、こうして相談出来る相手がいるのは、俺の唯一の良い環境だな。


 ……ふぅ、オレンジジュース五百円か、自販機なら百五十円なのになぁ。


 *


 毎週あったが、例の件から初めての生徒会。

 夫馬先輩がいるだけで、俺は思わず睨みを効かせてしまう。

 そんな一件知る由もない生徒会長、水越柚葉はプリントを一枚全員が見える位置に置くと。


「もうすぐ体育祭が始まるわ」


 我が校では六月から体育祭が始まる。

 特に生徒会は関係しなさそうだが、するべきことは当然あり。


「プログラムの作成ね。誰かやりたい人はいるかしら?」

「オレがやる」

「そう、もう一人付ける?」

「そうだな……作本くん、一緒にやろうか」

「!? ……な、なんで俺なんスか」


 名指しで指名されたが、後輩である手前断りにくい。

 だからって……例の件があるのに俺を指名するか? 普通しないだろ。


 生徒会メンバーが全員こちらを見ているので、俺は頷いて肯定を示す。

 プログラム自体はパソコン入力ですぐに終わるので、俺はそこまで気にしていなかった。


 生徒会が終わり、ぞろぞろと帰る中、夫馬先輩が俺の元へやってきた。


「やぁ」

「……なんで俺を指名したんスか」

「仲良くなろうと思ってな? ヤりたかったら言ってくれ、いつでも使わせてやる」

「てめっ……ッ! 人を物のように扱いやがって……!」


 あっけらかんとする夫馬先輩に怒りを覚えるが、今の俺にはどうしようもない。

 喧嘩をしようものなら力でも支持率でも負けている俺には手も足も出ない状況。

 じゃあどうすれば――そう悩んだ時だった。


「柊、今日私の家に来ないかしら」


 水越先輩に誘われた。

 唐突……でも自宅。水越先輩は何を考えているのかわからないが、考える気もなかった。


 志音、今日からお兄ちゃん、大人になるからな。


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