第20話『擬似的な恋愛』

「このままじゃ、あの子は夫馬先輩に堕ちるよ」

「……は?」


 生徒会室にやってきた俺達は、コマツナの唐突な発言に眉根をひそめる。

 確かに勝ち筋は徐々に消されつつある……が、だからって今の田島が堕ちるとは思えない。……自意識過剰すぎ?


「田島はお、俺をす、好きでいてくれて……」

「何で照れてるの? 好きなのは見ててもわかるよ?」


 ……お、おう。

 当人同士でも恥ずかしさはあったが、第三者に言われても照れるな……。


「えへ」

「キモ!」


 後頭部を擦りながらデレる俺をズバッと一言で切り裂いた。おかげで嫌な気分だけが残ったよ! ……ったく。


「割と冗談抜きだが、堕ちるのはありえねぇと思ってる」

「誰もが柊のように〝一途〟なわけじゃないんだよ。しかも高校生……付き合っては別れてを繰り返す時期じゃない?」


 茶化すようにして言うのであれば、俺も笑って返しただろう。

 だが、今のコマツナの言い方は真剣であり、本音を語っているのが見受けられた。


 ……間違ってない。

 高校生が付き合って別れてなんて、普通の事だ。ましてや田島は美少女だ。本来、俺の隣にいること自体間違っている。


 現状だって勝手に夫馬先輩を悪く言って、その性格、先までの態度を見る限りで『敵』と見なしていた。

 でもそれは俺の主観で、田島とは仲良くやっていけるのかもしれない。仮にもそうなら――


「俺は……あいつの人生を邪魔している、のか……?」


 嫌なら別れるという手だってあるわけで。

 夫馬先輩の態度は俺には悪くとも田島に対しては好印象なものばかりだ。


「今、柊がすべきなのは――ことだよ」

「関わらないようにって……それは違――」

「柊が関われば田島さんは柊を好きでいる気持ちが無くならない。それじゃあ永遠に田島さんは幸せになれない」


 田島が俺を好きでいてくれる。

 それは良いことであり、夫馬先輩から唯一守る方法だと思っていた。


 ……が、考えてみれば俺が田島の邪魔をしているだけで。


 結局田島が俺を忘れていけば、新たな恋を発見出来るかもしれない。

 俺の事を好きでいる間は、田島に彼氏が出来ることはないのだから。


「――いや、ちょっと待て」


 そこまで会話を続けて、俺は疑問点が幾つも湧いて出た。


「一途が出来ないなら俺が隣に居ようが関係なくね?」

「……カンのいいガキは嫌いだよ」

「あっぶねぇ! お前、俺の思考乱して何がしてぇんだよ!」


 そもそもの話、田島は俺が水越先輩と付き合えなかったら付き合うなんて、寛容な心を持ち合わせているんだ。

 それに少し甘えている部分もある訳だが……そこまで言えるのであれば夫馬先輩に流れることも無い。


 そうだよ、まるで将棋だな状態だったが、打開策が一筋の光として見えたところだ。

 その話を昨日していたのに、すっかり忘れてたぜ……。


「むぅ……丸め込めると思ったのに」

「え? なんだって?」

「なんでもない、確かにさっきのは私が悪かった。――けどさ、一つ忘れてない?」


 そう言われて、俺ははてと首を傾げる。

 田島が夫馬先輩に堕ちる心配が無くなった今、忘れるも何もないと思っている。


「田島さんは……よ?」

「!」


 ♦――side田島


「どうしたんですか? そろそろSHRが始まると思うんですけど」

「ちょっとくらいいいじゃん。オレさ……君を手伝いたいんだ」


 そこまで話したことの無い先輩。

 優しい人だなとは思うけど、どこか裏がありそうという印象。

 だからあんまり話したいとは思わないんだけど……生徒会の方だし、悪印象で作本先輩の足を引っ張りたくない。


「何を手伝ってくれるんですか?」

「ふふっ……」


 彼は少し口元を緩ませると、


「君の……恋さ」

「こ!? ……い、ですか」


 ボッと顔が熱くなるのを感じながら、同時に疑問も生まれた。

 なんでわたしがのか。

 高校生なら恋くらいするもの。だからって、確信持って言えるとは思えない。


「好きな人と上手く行ってないんじゃない? オレ、良い案あるんだけど」

「!」


 諦めて手伝う……それでもどこか諦めたくない気持ちが残っている。

 ……ダメ、この気持ちは捨てるって決めているんだから。


「……要らないですよ、わたしは今のままで十分幸せですから♡」

「ふへ」


 わたしが口元に手を当てて言うと、夫馬先輩は気持ちの悪い笑いをもらす。

 直後、夫馬先輩は顔に手を当て高笑いを初めると、ひとしきり笑い終わるとこちらを見つめ、


「いいね、そういった恋もあるんだ! でもさ、もっと彼の反応確かめて見たくない?」

「反応……?」

「そ! 擬似的に……オレと付き合ってみるとか」


 好きな人がいると話した後で、そんなことを言う人がいるとは思ってもみなかった。

 硬直し、反応が遅れたわたしをすかさずマシンガントークで言いくるめる。


「彼も君が隣に居るから焦らしてるんだよ。もし好きだと言ってくれてた人に彼氏が出来たら、その時彼は何かアクションを起こす。人ってのは失って始めて気付くんだよ」

「で、でもそれじゃあ先輩を利用することに……」

「気にしないで! オレはいいからさ。……どう? 気にならない」


 正直に言えばキニナル。だけど――いや、すみません先輩。興味のが勝ってしまいました。


「あくまで擬似的ですよね?」

「そうだよ?」

「じゃあ……よろしくお願いいします」


 こうしてわたしは、擬似的だけど付き合うことになった。

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