第19話『準備は着々と』
「せーんぱーい、どうしたんですかぁ?」
カフェを出た俺達だが、雰囲気が格段に重くやっていた。……いや、原因は俺だ。
夫馬先輩の話から苛立ちが隠せない俺を、彼女はずっと心配してくれている。
「帰ろうか」
「え!? ま、まだいいじゃないですか! ようやく話せる段階まで心を落ち着かせれたのに……」
そこまで言って、ほろりと涙を流す田島。
……罪づくりな人間だよ、俺って奴は。
「ほら……わかったからもう泣くな」
「えへへー! ありがとうございますー!」
「な……ッ! 嘘泣きしやがったな!?」
ポケットからハンカチを取り出して渡す俺を、笑顔で引き止めることに成功した田島。
女の涙は武器、ってか? 男の武器はなんだ? 筋肉か? ……お願いマッスル!
「何か落ちましたよ?」
ポケットからハンカチを取り出した際、小さな何かが落ちた。
それを田島が拾い上げると、首を傾げて渡してくれた。
「何これ」
「何ですかこれ」
「何でしょうね、これ」
「絵に書いたような押し問答ですね」
なんか初めて田島にツッコミを入れられた気がするが、とりあえずスルーして。
「なんかメカメカしいですね」
「まぁ、メカだしなぁ」
メカってより機械のが正しいか。
小型の……なんだこれ、マジでわかんねぇ。
「先輩のなんですよね?」
「俺のだったら一緒に首傾げねぇよ。……つーか知らねぇ機械持ち歩くのって怖ぇな、壊しとくか」
踏みつけて壊すと、赤く光っていた機械は色を失って塵と化す。
「大事なものだったらどうするんですか」
「……てへぺろ」
俺の渾身のてへぺろに、田島はドン引きしていた。
……やっはろーって返してくれれば心もえぐられなかったのに。
*
その後も田島に付き合わされ、気付けば十九時を回っていた。
「ただいま」
俺が帰宅すると、満面の笑みで志音が出迎えてくれた。
「おかえり、お兄ちゃん」
「な、なんだ……? また俺何かやっちゃいました?」
別に、前何かやらかしたわけでもないけれど。
そんな俺に志音は口元をにまにまさせると、
「次は朝帰りしてきて」
「学校は?」
……ったく、こいつは何を期待してやがんだ。生粋の童貞だぞ、俺。
……よしよし、この話はやめようか。
「ご飯出来てるよ」
「ごめんな、明日は俺が作るから」
「ん、いらない」
*
「お兄ちゃんさ、悩みあるでしょ」
「!?」
晩御飯中、突如妹が口を開いた。
悩みならある。夫馬先輩のことだ。
だが、これはまだ中学生の妹には早すぎる事情で、言うべきではない。
「……ねぇよ」
「志音に嘘は通じないよ? 何年、妹やってると思ってるの?」
志音は諭すように、でも自分を示すようにして言ってくるので、悩みの種を告げることにした。
「――そう、なんだ……」
内容は簡潔にした。
後輩が男先輩に狙われていて、でも気がないから助けてやりたい、と。
だいぶ簡潔で俺の怒りポイントは端折っているが、そこは年齢制限ということで。
すると、まぁやはりというか深刻な表情の志音。やっぱり言うべきではなかったか――
「でもさ、その後輩とお兄ちゃんは仲良いんでしょ? お兄ちゃんが一緒に居れば(カップルと思われて)その先輩も近づかないんじゃない?」
「む……確かにな」
「うんうん、そうだよ。私も(結婚できるか)心配してるから(付き合えたら)報告してね」
「……なんか、ごめんな。妹にこんな相談して」
俺が反省あらわに頭を下げると、志音は「んーん」と首を横に振る。
そして、なぜかにんまりと微笑んだ志音サムズアップし、
「グッドラック!」
そう言い残して、志音は風呂へと向かった。
確かに志音の言う通り、俺が居れば無理に近づくのは不可能だ。
夫馬先輩だって田島が俺を好きなのは知っていたし、そこに無理に割り込んだとしても勝ち筋は見えない。
「田島が嫌がらない程度で……共に過ごすか」
*
翌日、とりあえず今日を乗り切れば土日となり作戦を練る時間が増える。
俺の思考はそれだけを固めて、校内へと足を踏み入れた。
少し早めの時間帯であるが故、教室で待てば田島は自ずとやってくる。
い、いや……知ってるよ? 本来なら俺から行くべきなんだよね?
でもね、でもね? 知らないんだよ、何クラスかを! なんだかんだメールも交換してないし……次会った時しよ。
そう思って十五分が過ぎたが、まだ田島はやってこない。
あと十分もすればSHRが始まり、授業も始まっていく。あの宇〇ちゃんのような「せーんぱーい」が来ると思っていたのだが……ちょっと歩き回るか。
「トイレでも行くかな」
俺はボソリとつぶやいて立ち上がると、「何こいつ」と言った目で見られた。いや、言われてたな。なんでだよ。
リア充が言えば「俺も俺も」みたいな感じになるじゃん、今回はなったらダメだけどね?
……いつか陰キャ最強説唱えてやるからな、お前ら覚えてろよおおおおお!
「――って恥かいてまで出てきたが、どこに居るんだ?」
高一のクラスは四階にあるが、多分今はいないと思う。
そんな俺の直感から導き出された答えは――
「例の教室か生徒会室か」
どちらにせよあるのは特別棟。
渡り廊下を使って特別棟へと向かう。
少し小走りで来たが、あまり長居は出来ない。パッと見つけて「出来るだけ一緒に居よう」と告げなければならないので、理由含めると選択肢の間違いは時間の消耗に繋がる。
「例の教室……だな」
俺は直感を信じて急ぐと、中から声が聞こえた。
合ってたか……と安堵に胸を撫で下ろすして中に入ろうとすると、そこからは男の声もした。しかもこの声は……
「でさ、あの遊園地楽しいんだよ」
「そうなんですか!? ふむふむ……」
「あんまり遊園地とか行かない? それはもったいないよ〜」
「そうですね……恥ずかしながら友達とかいないんです。なので、いずれは行きたい場所の一つ、ですね」
「そうなんだ」
と、知らぬうちに田島と仲良くなった夫馬先輩の声が教室の外まで聞こえてくる。
止めに入らなければ、こういった所から夫馬先輩を好きになり、性欲のためだけに利用される。
そんな思考をしていると、刹那にこちらに夫馬先輩が目をやった。
俺はバレまいとして扉の影に隠れるが、果たしてバレなかっただろうか……?
そこからちらと二人の様子を覗き込むと、口元を吊り上げた夫馬先輩が瞳に映り。
「よかったらメール、交換しない? 色々な相談してくれていいからさ」
「ほんとですか!? ……な、ならお願いします。……あ、あれ、どうやるんでしたっけ」
「あはは、これをこうして……はい、出来たよ。交換初めて?」
「そうですね、恥ずかしながら」
田島は照れくさそうに髪をいじると、夫馬先輩はにこやかに微笑んだ。
そういった爽やかな雰囲気が、女を虜にしていくんだろう。
このままでは田島は利用される、その直感と怒りが相まって俺が出ていこうとすると――
「ここで行くのは得策とは思えないけど」
背後からそんな声が飛んだ。
ビクッと肩を震わせて声を上げそうになった俺の口を押さえたのは、
「な、何してんだよコマツナ……」
「久しぶり……っても昨日会ったね。ちょっと話さない? 授業なんてどうでもいいでしょ?」
良くねぇだろ、俺はそう言いたかったが事情が事情なため、受け入れて生徒会室へと向かった。
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