第18話『ルックス、話術の持ち合わせ』
どうにかして田島を守りたい。
田島が俺を好きでいてくれている、その事実だけが思考を固定させる。
だからって権力も実力も人望も兼ね備える夫馬先輩相手から、どうやって守るというのか。
「――ぱい?」
口だけなら簡単だ……。守ると言えばいいのだから。
人間なんだ、使えるものは頭だけだろ。
酸素を回せ、脳が正常に働くために!
「先輩!」
「うおっ! ……なんだよ」
カフェにて、対面して座る田島が声を荒らげた。
「楽しくないですか……?」
上目遣いで瞳を潤ませながら問うてくる田島に、「うっ……」と思わず声が出た。
女の子のそれは狡いだろ……。
「別に。そもそもカフェってのが来た事ねぇからな」
「悲しいですね」
「おい」
目くじらを立てる俺をけたけた笑い飛ばして、田島は紅茶一杯を啜る。
そして「ふっ」と一息ついて、髪を掻きあげて窓ガラスから外を眺める一連の仕草は、初めて田島から大人らしさを感じた。…………だ、だからなんだよ。
「どうしましたぁ?」
見透かしたようにニヤつく田島にムッとしながら、俺はコーヒーを啜る。
ほっと一息吐いたところで、俺は本題へと切り出す。
「どうしてカフェに来たんだ? もっと他に場所はあったろ」
カフェというのも洒落ていて、デートやその類で来てもなんら不思議ではない。
だが、俺と田島の性格では合わないような気がした。もっと他にある……場所は思いつかないけどね!
「深い意味はないですよ? ただ、静かで話しやすい場所……それだけがわたしの考えです」
「話ねぇ。多少は上手く話せるようにはなったと思うが、雰囲気変われば下手になるかもしれねぇぞ?」
「あはは、下手ってなんですか」
もう下手じゃん。
「なんてからかうのはやめておいて」
俺ってよく主導権握られるよね。しかも今回はからかうって……田島さんめぇ。
「まだ、水越先輩が好きですか?」
「な、なんだよ急に……。そら好きだけど」
なんか……改まって言うと恥ずいな。
俺の言葉を聞いた田島は一度顔を伏せると、何かを決心したかのように上げて。
「手伝います!」
「……は?」
何を言われたのか理解が追いつかない俺は、口をあんぐりと開けるしか無かった。
だが、田島の目はきらきらと輝いていて、手をギュッと握ってくる。
「先輩の恋を手伝います!」
「……意味わかんねぇ」
何故そうする? メリットはなんだ? 俺にとってのデメリットは?
様々な疑問が脳裏を埋め尽くす。
考えられる限りの俺にもたらす〝最悪〟を探す――が、
「先輩の幸せが、わたしの幸せなんです」
にへらと笑う田島は、どこか哀愁が漂い、それでいても本気で思っているのが伝わった。
「なんでそんなことを……」
「あはは、わたしが先輩を好きだから。ならその好きな先輩が、最高の幸せを掴み取ってくれるのが一番じゃないですか」
「本気で言っているのか……?」
田島が良い奴であるのは、たった数日の関係だが知っている。
知ったうえで……それでも疑ってしまう提案だ。
明らか訝しむ俺を見て悟ったのか、田島は小さく笑みを作ると。
「もちろん、手伝います。先輩が出したアイデアも女として評価して善し悪しを言います。当然、こちらからもアイデアを出します。……それでもし振られた場合は、わたしと付き合ってもいいよと思えるようにします!」
力強く高らかに宣言する田島に、俺の口からも笑みがこぼれる。
「結局自分のためか?」
「ダメですかぁ? 女とは狡いのですよ♡」
口元に指を当てるその仕草はとても可愛らしくて、ウインクまで付け加えるのだから堕としにかかっている。
だが、俺は聞いていた。「付き合ってもいいよ」と何故か自分を下げていることを。
容姿も性格も俺より上だ。
告白数も比べれば天と地の差が出るだろう。
にもかかわらず、田島はどうしても自分を下げたがる。
「……じゃあ、頼るけどいいんだな?」
「もちろんですよ! さ、どんとこいです」
田島の方が俺よりも人気がある、なんて言ったところで逆効果だろう。
田島は俺の事が好きで俺は水越先輩を好き。これだけを見れば立場は俺のが上に見えるだろう。
だから敢えて口にはしない。
でも、それはまた……俺は田島の優しさに甘えることになる。
――いずれ、恩を返す。現状、一番の恩返しは水越先輩と付き合うことだろう。
俺が水越先輩と付き合えるなんて、考えたことも無い。むしろ、付き合うといった発想すらなかった。
でも、今は明確に〝付き合いたい〟と思っている。
一途でいることの辛さを知りながらも自分を出せないのを打破するには、今年しかないのだから。
決意を胸に秘めた俺は、緊迫した空気を抜くために小さく笑みをこぼす。
それに釣られて田島も紅茶を啜り、一息吐いた。
そんな時、俺はふと疑問が生じた。
「そういや、よく俺が生徒会室にいるってわかったな。今日からって言ってたか?」
「いえ、全然知りませんでしたよ? 先輩を探すために歩き回っていたら、夫馬先輩に教えてもらったんです」
「――は?」
突如出現した「夫馬」の単語に、俺の眉はぴくりと吊り上がる。
「大丈夫……だったのか?」
「大丈夫ってなんですか。良い人でしたよ? 優男って感じで」
あははと笑って夫馬先輩を絶賛する田島に、俺は自分が浅はかな考えをしていたのだと悟った。
俺は先手を打つのも考慮して、今日のカフェの提案に乗ったつもりだった。
だが、実際は違った。
ここに来るまでに、もう田島と接触を図っていたのだ。そして、それでもこうしてカフェに来ているということは、夫馬先輩の余裕の表れでもある。
『例え君が田島と接触しようと、オレが何をするのか言おうが言わまいが、結果は変わらない』
口ではなく、行動で言われた気がした。
「……クソ、マジかよ……!」
机上で拳を握る俺に、田島は首を傾げてこちらを見ている。
言ったら田島は強引にヤられるかもしれない。きっと証拠は残さないだろうから、警察に言うことすら不可能。
現に今まで同じようなことが行われていたかもしれないのに、それは噂程度でしか知らない。
それだけのルックス、話術を持ち合わせた相手に――俺はどうやって田島を守ればいいんだよ……。
*
「ふ、言わないとは凄いねぇ」
正直、すぐに口を滑らせるか手駒にすると思っていたが、想像よりも意志が固い。……いや、女に優しいのか。
「でもさ、そんな誰に対しても優しくしていて、本命は取れるのかなぁ? 女なんていっぱいいるんだ。どれも同じだろ?」
オレはワイヤレスイヤホンを片耳に付けながら、二人の女と色んな店へ行っていた。
「さて……明日からは本格的に動こうか。頑張って守りなよ、モテ男くん」
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