第15話『告白、からの――』

「どうした? 多分明日なら大丈夫だと思うんだが」


 昼休み、呼び出された俺は体育館裏へとやってきた。

 相手は田島。だが、何かいつもと違って見える。化粧……している? 髪も可愛らしいピンで留めているし、なんかヘンだ。


「お、おい? どうしたんだよ、明日なら大丈夫だって。どこ行きたい? ゲーセン行くか? カラオケも有りだな、ボウリングも――」

「先輩」


 長々語る俺をたった一つの単語でぶった切った田島。

 俺も俺がまさかここまで口が達者だとは思っていなかった。が、きっとこれは本能的なものなんだろう。


 なんとなく、この先の展開が読めたから。

 それはきっと現実ではなくラノベやマンガ、主にラブコメを好んできた俺だから先読みできたんだろう。

 それでも、たとえ知っていても、未来は変えられない。


「先輩、好きです。わたしと付き合ってくれませんか……?」


 懇願する田島の瞳には涙が溜まっていて、うるうると訴えかけてくる。

 小動物のようで、とても可愛く目に映った。


 ――と同時、どこか焦燥を感じた。


 何に焦っているのかなんてまったくわからない。いや、俺はそんなことを考える暇なんてない。


 田島の事を好きか嫌いかと問われれば、もちろん好きだ。

 田島が美少女だから、なんて下心丸出しで好きなわけではない。

 何度断わっても嫌わず、遊びに誘ってくれる女子なんて俺にはいない。

 そんな性格の良さから俺は田島の事を好いている。


 当然今回の告白は嬉しい。

 人生二度と訪れないかもしれない、リア充生活が目の前に迫っているのだから。しかも相手が美少女で性格の良い子だなんて、今後の学園生活がどれだけ華やかになるか。想像しただけで楽しみしか広がらない。


 ――だけど。


「ごめん、俺、好きな人いるから」


 勿体ないことをしたなんて、自分が一番わかっている。

 いくら水越先輩を好きだからって、何年も叶わない恋を追い続けるくらいなら目の前の幸せを掴めと思われるかもしれない。


 ――それを簡単に出来るのなら、俺はきっといろんな人に恋をしている。


 俺は目の前の幸せが訪れても、それが妥協なら相手に失礼だと思う。

 告白を振ってもか? と、問われたとしても、俺は「そうだ」と答えるだろう。

 だって――気持ち半分以上他の女子に奪われているのに、付き合っても仕方がないと思うから。


 俺の返答を聞いた田島は、わかっていたかのように「そうですか……」とぽつりとつぶやいた。

 俯く田島に俺はどうしようか悩んでいると、田島の足元がぽたぽたと水滴が濡らしているのが目に映る。


「す、すみません……。泣くなんて卑怯、ですよね……」


 田島は同情を誘っていると思われるのを阻止すべく、先手を打つ。……んな考え、浮かんでねぇよ。

 申し訳ない、なんて気持ちは持っていない。多分そう思うことが一番、田島に失礼だと思うから。


「……日陰に、座るか?」


 俺の提案に田島は俯きながらもこくりと頷く。

 なので俺達は体育館裏の陰へと場所を移した。


 *


 チャイムが鳴り響く。

 それは五限目開始の合図だが、俺達は体育館裏を離れない。


「せ、先輩……もう大丈夫ですので、授業受けましょう」

「田島がそれでいいってんならいいけど……無理してんならサボるのも手だぞ」

「…………じゃあもう少しだけいいですか?」


 あははと弱く笑った田島の目には涙の跡があり、それを見る度に胸が苦しくなる。

 だけど、無理にでも笑ってくれる表情に救われ、俺は隣に居られる。


 十分ほどが過ぎると、田島も心機一転したようで表情に明るさが戻った。


「大丈夫か? ……って、俺が言うのはなんか違うな」

「大丈夫ですよ、いつまでも引きずりませんから!」


 むんと胸を張る田島に、俺は微笑で答える。


「十分遅れましたけど……授業戻った方がいいですよね」

「だな。お前、まだ一ヶ月なのにサボるとか悪いなぁ」

「仕方ないじゃないですかぁ。今しかないと思ったんですから」


 むーと口をすぼめて不満を表すその姿は、どうしても可愛く思える。

 ……やっぱ、こいつは普通に可愛いんだな。


 ――このままってのも、フェアじゃねぇか。


 授業に向かおうとする田島の肩を掴んで、俺は意識をこっちに向けさせる。

 と同時進行で耳元で、俺は囁いた。


「俺の好きな人は水越先輩だ」


 それだけ言って田島の前に立つ。

 多分顔は赤くなっていると思う。だってこれを知っているのは――


「お前とコマツナにしか言ってねぇんだからな? 内緒にしてくれよ?」


 俺は人差し指を口元で立てると、小走りで教室へと向かった。

 これでフェアになったのかはわからない。けど、今の俺に出来る最大限の辱めは、好きな人を伝えること。


 ――こんなことがあっても、これまでと同じように話しかけてくれたら嬉しいな。


 ♦――side田島


 告白は失敗した。でも、それはわかっていた事だから悲しくない。

 ――そう思っていたのに、涙が溢れ出した。嫌だ、こんな姿先輩には見られたくない。

 必死に涙を拭いて元気に振る舞おうとしても、溢れる涙が止まらない。


 そんな時、先輩が座らないかと提案してくれた。……そういった優しい気遣いが、わたしを苦しめるとも知らずに。


 断ち切らなければならない。もうわたしは小松先輩に負けたんだから。

 頭で理解していても――わたしは先輩の優しさに甘えて少しでも隣に居たいと思ってしまった。


 十分して、ようやくわたしは自分を取り戻せた。

 もう先輩と話すことはないと思うけど、ずっと心配そうにこっちを見てくれるから、何分か延長してしまった。


 心残りはない。

 きっぱり諦めて、後は小松先輩との恋路を応援するだけ――と思ったのに。


「俺の好きな人は水越先輩だ」


 そう言って去っていく先輩。付け足しで知っているのはわたしと小松先輩だけだと言っていて、特別感から胸の高鳴りがあったけどそれ以前に。


「先輩の好きな人って、小松先輩じゃない……?」


 一度、ゆず先輩の事を好きなんじゃないかって思ったことはある。

 けど、昨日の小松先輩の発言から、それはわたしの思い過ごしで、本当は違っていると思ったのに。


「どうして小松先輩はあんなことを?」


 考えても答えは出てこない。むしろ問題文ゼロから答えを導くなんて、人間の所業ではない。


「だからって、先輩に好きな人がいるのには変わりないんですよね……」


 ゆず先輩は良い人で、後輩であるわたしにも分け隔てなく接してくれる。

 でもゆず先輩には別で好きな人がいるのだから――


「わたしはまだ、諦めません。一途に思い続けてきたと思ってるんですか」


 独りごちて気合を入れる。

 恋敵である小松先輩が相手ではないのなら、妥協する必要性はないのだから――

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