第12話『謙虚とあざとさは使いよう』

 材料を買い直しての帰路、俺はふと思う。

 そういや鍵持ってねぇよな……これじゃ帰るに帰れなくね?


「失敗したなぁ……夜ご飯くらい、作ってやるか」


 なんて思いながらも、作るのは志音である。

 表のソ〇マ、志音。裏のソー〇、俺。ゲテモノ料理度なら〇ーマにも田島にも負けない自信がある。別に作る気ねぇんだけどね? 勝手になっちゃうんだけどね?


 自分勝手に言い訳して、俺は家に視線をやる。

 リビングと廊下に電気が点いていることから、やはり田島は家にいるのだろう。


 俺は玄関の扉を開けて家に上がる。

 玄関の靴で違和感を感じたが、気にすることなくリビングへ通ずる扉を開けた。


「悪ぃな、田島。鍵……」


 そこまで言って、俺は足を止めた。

 なにせ――そこには重苦しい雰囲気と共に田島と志音が対面していた。

 そうか、玄関での違和感は志音の靴か!


 俺はその雰囲気をひしひしと感じて――扉を閉めた。


「せ、先輩!? 待ってください助けてくださいー!」

「せんぱい……?」


 涙目の田島が扉をこじ開けようとしてくるので、俺は意地になって開けさせない。

 つーか、女の修羅場ほど怖いものそうそうねぇだろ!


 一対一で争う俺達の元に、一人の少女が手を貸して形勢逆転。俺は「あぅ」と転げると、見下ろす形で志音の顔が。


「お兄ちゃん、この人って……」

「……あー、そいつ後輩だな。まー、なんつーの? 色々あった挙句こうなったんだよ」

「全く伝わんない」


 説明めんどくせー……と思ったが、志音の真剣な眼差しを受けて転がされた俺は説明した。


 *


「そうだったんですね、すみません! 態度悪くしてしまって……」

「いいですよ、気にしなくて。むしろ勝手にいたわたしが悪いんです。あ、先輩の妹さんなんで敬語要らないですよ」

「そういう訳には……は、うん。分かった」


 田島の何かを感じ取って、志音はこくりと頷く。

 うんうん、一件落着……と、腕を組んで頷いていると。


「お兄ちゃん、そういうことならちゃんと言ってよ! 泥棒かハニートラップ仕掛ける人かと思ったじゃん!」

「ハニートラップって……田島が?」

「着いた時下着姿だったし」

「……ほう」

「せ、先輩!? 想像しないでくださいよ!?」


 顎に手を当てて妄想膨らます俺を揺さぶって、田島が現実に引き戻す。

 まー確かに田島の胸はそこそこあるけど、ハニートラップにはちょいと足りねぇな。ビ〇チ先生くらいあったらマッハで引っかかる自信あるけど。……ちょいちょい田島の脚や胸見てたな、俺。


 ハニートラップって男なら簡単に引っかかるんだなーと思いつつ、俺は今思い出したかのようにビニール袋を机に置く。


「晩飯作ろうと思ったんだけどさ、焦げたから作ってくんね?」

「よかったぁ」

「おっと、馬鹿にされてるね? ま、いいけどさ」


 自費で買った材料を持って、志音はキッチンに向かった。

 遊んで疲れただろうに文句も言わず作ってくれるんだから、志音には感謝しても足りねぇな。いずれなんか買ってやらねば。


 と、どこか親目線なシスコンは、スマホを取り出してゲームでもしようかと思うと同時、田島が目に映る。


「どしたの」

「なんでわたしのせいにしなかったんですか……?」

「しねぇだろ、普通。俺も料理下手くそだからなぁ、まあどっちのミスだろうと結果は変わんねぇよ」


 俺は適当に笑って流すと、田島はいつもはあざとく接してくるのに今日は少し違う。

 違和感を感じた俺はスマホを操作するがミスを連発した。唯一の相棒を使いこなせねぇ!


「なんだよ、言いたいことあるなら言えよ。文句は受け付けねぇけど」

「お金ってどうしたんですか? あれだけなら二千円くらいは使ったんじゃないんですか?」

「使ったけど……別に夜ご飯としてだしよくね? 気使って払うとか言うなら受け取らねぇからな、そこまでせこくねぇから」


 言いたいところまで言い切って、俺はふんと鼻息を荒らげてスマホに視線を移す。

 意外にもこいつは気を使えるヤツらしい。世の中適当に歩き回ってんだと思ったが、偏見過ぎたな。


 俺の言葉を聞いた田島は荷物をまとめると。


「先輩、帰りますね」

「帰れって言った俺が言うのもなんだけど、飯くらい食ってけば?」


 志音と会わせると面倒くさそうだなぁと思って帰れって言ったんだが、会っちまったもんはしょうがねぇ。

 俺の提案に田島は一瞬考え込むが、にへらと変な笑顔を作って。


「それじゃあ世話になりすぎじゃないですか。わたしは何もしてないのに……」

「なぁ、田島」


 俺は諭すように田島を呼び止め、笑顔を貼り付けた表情を一変させた。


「メリットにはメリットを返さなければいけねぇとか思ってんのか?」

「普通じゃないですか? ましてや(好きな人相手なんて(小声))メリットを超えるメリットを返さなきゃって思います。でもわたしはどんどん良いことだけ起きて、返すことなんて……」


 自分を卑下し続ける田島の前に俺は立ち、


「いたぁ! え、え? 何が……?」

「貰えるもんは貰っときゃいいんだよ! ましてやお前は年下なんだ、少しは傲慢に行け!」


 デコピンを受けた田島が涙目になるが、俺は言いたいことを言い切った。

 そういうタイプじゃねぇと思ってたんだが……割と謙虚な奴だな。謙虚堅実はモットーに、ってか? ……堅実ではねぇな。


「碧海さん……志音の晩御飯、食べたくない?」

「そ、そんなことないですよ! 食べてみたいです」


 にこりと微笑んだ田島は俺の隣に座ると、


「家庭料理、勉強します」

「まぁ、お前料理ひでぇもんな」


 人のこと言えないけど。

 でもなんか今、俺の株上がってる気がするしシリアス雰囲気で誤魔化せ!


 *


「なんか、至れり尽くせりですみません」

「すみませんよりありがとうのがいいんだけど、こっち側としては」

「でもそれって志音が受け取るヤツだよね、お兄ちゃん何もしてないし」

「それ言っちゃう?」


 俺達の会話でくつくつと肩を揺らす田島。

 どうやら緊張や罪悪感なんてのは無くなったっぽいな。


「……ありがとうございます、先輩、志音ちゃん。また来てもいいですか?」

「だ――」

「いいよ、いつでも来て! またご飯作るし、今度は遊びにも行きたい!」

「そうですね、遊びに行きましょう」


 俺が話そうとしたのを志音が思い切りビンタして止め、自分の意見を発した。おまっ……これ、浮気した奴をビンタするくらいの威力だぞ。


 玄関で俺と志音が手を振って、田島もそれを返して家を後にした。

 ザッザッと田島の足音が遠のいていくのを聞いて、俺もリビングへ戻ろうと――


「――ねぇ、お兄ちゃん」


 さっきまでとは違う雰囲気。それだけはしっかりと感じ取れた。

 だから俺も足を止め、あえて笑顔を貼り付けた。


「どうした、志音」


 問いかけると、志音はこちらを振り返ることなくぽつりとつぶやく。


「どうするの?」


 主語がないのに、俺にはその意図が伝わった。

 どうするのか、俺が水越先輩を好きだからこそ出た質問だ。きっと今日ので情がわいたんだろう。


 ――どうする、か。嫌な質問だ。


「あいつ次第ではある。――が、多分すぐに結果が出るだろ」


 俺はそれだけ言い残して、リビングに入っていく。

 残された志音は一人玄関で崩れ落ちて。


「そっか、お兄ちゃんってモテるんだ」


 独りごちて、志音は目元を指で拭った。






 俺達と別れた田島は家を出てすぐに、玄関にあった皿に目をやる。

 それは田島が作った料理があり、捨てたというよりは指でかき集めて一箇所に跡が集まっていた。


(もしかして先輩……)


 気付いた田島の顔には光が宿った。

 下手な料理。見た目も匂いもそそられず、田島自身も食べたいとは思えない代物。

 なのに、俺が食べたのではないかと思えたのは自信に繋がった。


「先輩、やっぱりかっこいいです♡」

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