第11話 『曖昧への終止符』

「うわぁ、どうしよ。志音に言われてたけどこれもう帰るしかねぇよ?」


 バスに乗って電車に乗って、もう後五分で家に着く。

 でもいつもより数分帰るのが遅れただけで、『遊んで帰る』にはあまりにも早い。


「マジどうしよう。怒られる? ……あれ、俺なんで怒られんの? そうじゃん、別に飯が食えねぇだけなら我慢すりゃいいんじゃね?」


 怒られる道理が無い。

 志音は知っているはずだ。俺に友達がいないことを。メールすらほとんどの履歴が志音なんだから。虚しいな、この話やめよ。


 帰路について二分、俺はふとベンチに目が留まる。

 ここはコマツナにコンポタを奢って座ったベンチだ。それ以上の思い出は無いのに、どうしてか目が留まった。


 ……俺って、コマツナをどう思ってんだ?


 ただの幼なじみ。それ以上でもそれ以下でもない。

 ――って思ってるはずなのに、なんで目が止まったんだ?


 ただの偶然。ただ帰るのを遅らせる、それを目的にしているからだ。

 だから何かに目を止めて、少しの足止めをしたいと思っているんだ。


 俺はそう言い聞かせて歩みを進めると、フェンスに背を預けたスマホをいじる現代っ子と出会った。

 ぼっち特有の下向き歩きを繰り出す俺は、その子が誰かなんて分からず、ただスカートが短ぇなとしか思わなかった……が、


「せんぱーい。遅いですよぉ。待ちくたびれました」

「! ああ、田島か。なんでいんの」


 率直な疑問をぶつけると、ムスッとした表情で田島が睨む。いや、なんで? 約束したっけ? ……約束なんていつもゼロな俺が、数少ない約束事を忘れるか? ふっ、忘れねぇよ。


「待ってたんですよ」

「そうなんだ。なんでいんの」

「根本的な質問が変わってない!? むー、いちゃダメなんですかー?」

「別に道路は俺のもんじゃねぇしいいけど」

「天然なんですか馬鹿なんですか鈍感なんですか」


 すげー喋んじゃん……。

 俺は引き気味になりながらも真意にたどり着けずにいると、田島の方から口を開いた。


「先輩にとって、わたしは『女の人』ですか……?」

「そりゃ……」


 俺はそこまで語りかけ、すぐに口を噤んだ。

 雰囲気が笑って誤魔化せるようではないと、すぐに悟れたからだ。


 今にも泣きそうに目をうるわせ、問いかけるその仕草を目の当たりにして、俺の胸がざわめいた。……なんだ、これ。

 ざわめく胸を振り払って、俺は真剣に答える。


「まあ、なんだ。女の人……ってよりは現代の女の子って感じだな。ああ、うん、そう……だな」


 当たり障りのない、でも批判を受けにくいようしっかり答える。

 百点が全てじゃない、時には八十点が正解の時もある。……取れるなら百点のがいいか。


 そんな俺の言葉に口をもにゅらせた田島は一度俯き、素早く顔を上げるととびっきりの笑顔を向けて。


「今から先輩の家、行ってもいいですか?」

「とっととおうちに帰りなさい」


 *


「先輩って一軒家なんですね、わたしもです」

「なんの情報だよ」


 変な感想を漏らすと靴を脱いで家に上がる。

 マジかよ、女の子がこの家に来たのなんて二回目だぞ。

 家族一人も家に居ない中、俺は田島という美少女と二人きり。あれ待って、襲っちゃう?


 そんな思考に陥りがちな思春期真っ只中。

 俺にはある切り札がある。それは――スマホの待ち受け画面。

 何枚も撮った画像を小さくまとめた画面が表示される。何を撮ったかって? もちろん水越先輩である。どうやったかって? もちろん盗撮である。おっと、我が株価の暴落が耳を貫くぜ!


「よし、家に来たな」

「そうですね、お邪魔します」

「邪魔するな、帰れ」

「今来たばかりですからヤですよ。少しくらい居させてください」


 いやマジで、妹以外の女の子と一緒の空間とかどうにかなっちゃうかもしれねぇよ!?

 けど、これ以上言うのも可哀想だしなぁ……と、脳内葛藤を行う俺に懇願する田島。……これを断れる男の子いる?


「わーったよ。で、家で何がしてぇんだよ」

「女子力発揮したいので、手料理でも振舞おうかと!」

「手料理? 毒でも盛られんの? 練習しとくか、ゔっ! ゔっ! ゔっ!」

「先輩……バカにしてます?」


 バカにしてます。言えないけど。


「わたしこう見えても料理得意ですから!」


 自慢げに胸を張る田島に、俺は「はぁ」と息をついてキッチンを貸す。

 ……志音に晩御飯作っとくってメールしとくか。


 *


「……おい」

「…………」

「……おい」

「…………」


 何度か続いた押し問答に先に折れたのは俺で、皿をカンカンとつついて問う。


「何これ」

「……りょうり、デス!」

「めっちゃ混ぜたな……」


 羞恥に見舞われながらもモノマネする田島に呆れと関心を抱きつつ、皿に載った黒焦げに目をやる。


「そもそも何作ろうと思ったんだ? チョコか、チョコレートだな」

「……魚の照り焼きです」


 めっちゃ晩飯……。


「そうか、わかった」


 特に何も考えていないが、わかったと言えば話は収束に向かう。

 これ以上膨らませようのないこの肉じゃがを皿ごと手に持つと、俺は田島に背を向ける。


「異臭がすげぇからこれは俺が処分しとく。ついでに買い出し行ってくるから、お前は風呂にでも入ってろ」

「え、でも……わたし、何も……」

「気にするな。風呂に入り終わったらさっさと帰れよ」

「な、なら買い出しはわたしが行きます!」

「いや、いいよ。んじゃ行ってくるから」


 俺は手を振って、家を後にした。

 自分でも思う。かなりキツい言い方をしたと。


 嫌いだからとか性格が合わないとかじゃない。ただ、このままのはよくないと本能が判断したから、俺は嫌われるよう自分を仕向ける。


 その方がいい。数日前、コマツナに俺は誓った。

 ――曖昧はよくない、と。

 きっとこのままダラダラと引き伸ばしていくのはよくない。


 田島が誰を好いているのか、もしかしたら男子全般を好いているのかもしれない。

 それでも今、確実に田島が想いが寄っているのは俺で、それは水越先輩にも浸透しつつある。


 後輩でありながらも友達になりつつあり、自意識過剰と言われるかもしれないが好意すら持たれていたかもしれない。

 そこまでの思考を働かせながらも、俺は俺が嫌われるように仕向ける。それはきっと互いの為になるだろうから。


「俺は元来た道へ引き返す。……ってな」


 せっかく俺のために作ってくれた魚の照り焼きを口の中に頬張り、皿を家の前に置いておく。

 ……にげぇな。

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