第10話 『恋敵に及ばなければライバルにすら敵わない』
「お兄ちゃん、明日も遅く帰ってきて」
「なんでだよ」
俺は晩御飯を作る志音から投げられた言葉に突っ込むと。
「志音、明日も帰り遅いから」
「なんでだよ、誰とだよ。男か?」
「混合ー」
「合コン!?」
「混合だって! 料理中なんだから聞き取りにくくても汲み取ってよ!」
カチャカチャと音を立てながら文句を言う志音。
いや、そこは重要だろ。兄として合コンなんて行かれた日には死んじゃうよ。究極のシスコンここにあり!
俺はすることがないのでスマホでラノベを読んでいると、ふと、志音の行動に疑念が浮かぶ。
なぜ、突然夜遊びを始めたのだろうか。
夜遊びと言っても今日帰ってきたのは十九時半。……中三にしては帰るのが遅くない?
しかも志音は混合と言っていた。……実質合コンなのでは!?
「……ませてんなぁ」
「何言ってんの? ほらほら、馬鹿なこと言ってないでご飯にしよ?」
「ありがとー」
確かに中三を前にして合コンだのなんだのと大人の事情を話すのも野暮だ。
スマホをしまって志音の対面に座ってカレーを食んでいると、ニヤつく志音が視界に入る。
「え、何。怖」
「いやぁ、お兄ちゃんはまだお兄ちゃんだなって」
「……え、何それ怖」
何あれ、哲学? 妹が知らないうちに成長しすぎてお兄ちゃん置いてかれてるよ?
スピードを落としてカレーを食べるが、頬杖を付いてこちらを眺める。
……わからん。本当にわからん。
最近の中学生の流行りなんかな? 違うよね、多分違うよね。兄を見続けるってどんな流行りだよ、最高かよ。
妹相手に恋愛感情を持つことはありえない。
だけど、そういった感情を抜きにして可愛い妹に見られながらご飯を食べるのは、それだけでメシウマである。ふっ、キモイな。
*
翌日、俺は往路を歩きながら考える。
内容は至って単純。どうやって帰りの時間を潰すか、だ。
友達とカラオケ? ゲーセン? ボウリング? ナンセンスだね!
大前提の『友達』がいないんだから! ……ふっ、虚し。
今のところ第一候補として、牛丼屋だな。
めちゃくちゃ早食いしてネットにでもあげようかしら。やっぱ高校生が稼ぐにはニ〇生かYou〇ubeしかないよね!
「理想論だけど」
俺は空を眺めながら独りごちると、ぽんぽんと肩を叩かれた。
振り返るとそこにいたのは田島――ではなくコマツナだった。……俺、今なんで田島が脳裏を?
「春夏柊冬、おはよう」
「口から雷撃出せねぇけど」
そんなツッコミを待っていたのか、コマツナはうんうんと頷く。
「お前、漫画とか読んでたか?」
「……まあ、少しは」
オタク気質な俺を嫌っているように思えたが、少しは歩み寄ってくれている証拠だろうか。だが、得はない。
昨日のこの時間は田島の歩んだが、今日はコマツナと。
そんな日替わり美少女を堪能する俺を睨めつけて、コマツナはため息をもらす。
「喜びすぎ」
「エスパーかよ」
まあ、それなら君の苗字は小松から伊東に変えなければならないけどね!
「つーか、普通に話しかけんだな」
「どういう意味? 嬉しいでしょ、美少女に話しかけられるなんて」
「まあな。ラブコメ主人公になった気分だぜ」
そういう事じゃねぇんだけど……別に嫌じゃねぇしコマツナがいいならいいか。
登校時に電車まで歩いて五分程度。
なのに最近、俺のこの五分間は時間の割に密度が高い気がする。
これは来ているな、ラブコメ主人公化。後に水越先輩とも登下校を共にする未来が見えたぜ?
「……放課後」
「え? なんだって?」
俺が聞き返すと、赤面したコマツナに引っぱたかれた。……痛てぇよ。
スゲーな、十巻以上「え? なんだって?」で過ごせるくらいにならねぇと、主人公は厳しいのか……!
「聞いてる!? 放課後、例の教室で待ってて言ったの!」
「例の……ああ、わかった」
どこに噴火ポイントがあったのかは不確かだが、コマツナは俺に怒りながらも約束事を取り付けた。
……なんだかんだ、俺の放課後充実してね? はい俺、リア充ー。
*
呼び出しを喰らっていい事があった試しがない。大抵叱られる。
理由はわからない。多分、そういう体質。
……全てを含め、加味した上でも俺は、何かを期待している。
コマツナに呼び出されたことを!
入学初日に呼び出された時は怒っているといった雰囲気は無くとも、どこかそれに近しいオーラは感じ取れた。
だが、今回はそうでは無いと思っている。確証はない。だけど、コマツナがメールでなく直接呼んだのだ。
(ハーレム男は辛いぜ)
「――遅い」
教室に着くなり開口一番そう言われた。
「……悪い」
男の分が悪そうな謝りは大抵適当なので覚えておこう。
と、一つ教訓を与えたところで時計に目をやる。
「遅れてねぇじゃん……」
「五分前行動が基本じゃない?」
「俺基本とか忠実じゃねぇんだわ」
「友達がいないから『基本』を知らないだけとか?」
適切に突っ込んでくるのやめようか。ぼっちにそのツッコミは不登校待ったナシだからね!?
「……で、用はなんだ?」
椅子に座って読書を嗜むコマツナに尋ねながら、俺も隣に座る。
前まではなかったが、俺達が部活……いや、同名? を組んでから設置された椅子三つと長机。
それに対して懐かしみながら……なんて、昨日まであったんだけどね!
「ずいぶん仲良いね、田島さんと」
「ん? まあな。自慢じゃねぇがコミュ力高いってことだな!」
「いつも向こうが一方的に話して柊は頷いてるだけに見えるけど?」
カンのいいガキは嫌いだよ……俺は睨めつけるとさらなる眼力で俺は怯んだ。
俺は明後日の方を向いて視線を逸らし、髪を掻いて再度問う。
「田島とは後輩なんだからしゃーねぇだろ。付きまとわれてるし、あいつは誰に対してもあざとさを誇るんだ。放っといてもいいかと思ってるだけだ」
「誰に対しても……か。それはどうだろうね」
「は? いや、俺見たからな」
そう言う俺に、もはや呆れるコマツナ。
……わかんねぇ。女の子マジわかんねぇ。
「結局何が言いてぇんだよ。俺が誰と仲良くしようが関係ねぇだろ?」
「……るよ」
「え? なんだって?」
「なんでもない! もういい、帰って!」
くそー……マジで聞き取れない時だけ帰らされるのかよ。
でもここで居座っても殴られオチまで見えるので、そそくさと教室をあとにした。
……志音になんて言われるかわかんねぇけど、帰るか!
✧
独りになった教室で、私は小さく息を吐いた。
「なんで私は素直になれないんだろ……」
キレる女の子は人気無い。頭でわかっていても行動が伴わない。
あれだけ大見得切って田島さんに好き宣告をしておいて、彼女に取られてしまったら私は立場が無い。
――そんな思考をしているからなのか、柚葉の存在が心嬉しく思っている。
恋敵、でも柚葉にはなんの感情もない。
にも関わらず永遠に片想いし続け、叶うと信じ続ける柊。
でも、その思考である限り田島さんと付き合うことは無い。
「……ふくざつ」
私は独りごちて、教室をあとにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます