第9話 『生徒会選挙が訪れるまで』
「水越先輩って夫馬先輩といつ会うんですか?」
「そうね、木曜日の生徒会の時かしら」
「そうなんですね。おい、田島。今日何曜日だ?」
「水曜日ですね。てか、わたしにも敬語使ってくださいよ」
「なんでだよ」
ツッコミ無しのトントン拍子に話を進めようとした矢先、田島にストップをかけられた。
「柚葉先輩にだけ優しくするなんて、不平等です」
「敬語イコール優しいなら俺全国民に敬語使ってるよ。そして友達に恋人を作りまくってるよ。てか柚葉先輩!? 下の名前で呼んでんの?」
「ツッコミ長」
まじかよ、俺のツッコミを完膚なきまでに潰す一言だぞそれ。
呆れる田島に俺は勝手ながらにツッコミしない宣言を心中していると、水越先輩が口を開く。
「なるほど、私も夫馬に敬語を使えばいいのね?」
「どこがどうなってそうなったんですか?」
意志とは固めるとそう簡単に曲げてはならない。だが、俺は別である。信念や座右の銘すらその場でカメレオン並に変えられる俺にとって、意志を固めてもその強度はこんにゃくと大差ない。
すなわち、ツッコミ解禁!
「つーか、別に話せばいいんじゃないんですか? 生徒会で話し続ければ……」
「それには問題があるわ。生徒会、無いもの」
「無い……? あ、新年度だからねぇのか」
生徒会が新しく始まるのは五月から。
だけど今は新入生も入ったばかりで、生徒会というものが存在しない。
「クラスも違うんですか?」
「違うわ。というより、一緒でも話せる自信無いわよ……」
手をもじもじとさせ、恥じらう水越先輩はとても可愛い。こんな先輩に好かれるなんて、夫馬先輩羨ましすぎる……!
「ちょっと、作本先輩? なんで黙っちゃうんですか」
「……ハッ! 時が止まってやがったのか……?」
「何言ってるんですか」
俺のボケに冷ややかな眼差しを向ける田島。やめて、作本のライフはもうゼロよ!
心に傷を負った俺が黙ると、続いて口を開いたのは田島だった。
「ゆず先輩」
神妙な面持ちで口を開いた田島に、俺も水越先輩も雰囲気を感じ取る。
何を言うのか、いつもチャラけている田島の異様な雰囲気に固唾を呑むと。
「同盟名、決めませんか?」
「よし、お前帰れ」
「なんでですか!? これを決めないと夜しか眠れません……!」
「先生のためにお前を帰らそうか」
こいつ、今授業中に寝てます宣言しやがったな? 俺もだけど!
「授業はちゃんと受けなきゃダメよ?」
「……ッスよねー! ッスよねー!」
「どうしたんですか、作本先輩」
俺に言ったわけじゃないだろうけど、無意識下に反応してしまった。思い込みか、思い込みだ。それは誰のせい……?
「痛ー! 何するんですか、作本先輩!」
「ふっ、気にするな」
叩かれた原因のわからない田島は半泣き状態で、俺は優越感に浸ってにやける。
そんな一悶着を経ると、チャイムが鳴り響いた。
「十八時……帰りましょうか」
「す、すみません。役に立てなくて……」
「そんなことないわ。ひとまず当面の目標として、生徒会に入るわ。じゃ、解散しましょう」
その一声で全員立ち上がり、荷物をまとめる。
「次っていつですか?」
「次……生徒会選挙終わってからかしら」
刹那のスピードで俺は膝から崩れ落ちた。
「作本先輩、情緒不安定過ぎませんか?」
「黙ってろ。今の俺は心身共に傷を負ってんだよ」
「心はわかりませんけど、身は膝から崩れ落ちたからじゃないですか?」
……合ってる。いや、当てないで?
膝から崩れ落ちて顔を伏せていたのが功を奏して、笑いそうな口元を手で塞ぐ。
そんな俺を見ていた水越先輩は、膝を折って視線を合わせると。
「こんな私の自己中な考えがもたらした時間なんて、あなたにとっては苦痛でしょう? あの時はノリでやるって言ったのかもしれないけれど、無理になんて――」
「――無理なんかじゃないです!」
俺は言って立ち上がると、ふんっと鼻息を荒くして興奮状態。
このままでは俺の気持ちは伝わらない。きっと一生。
伝えたとて、水越先輩には夫馬先輩という好きな人がいるわけで。それは迷惑にしかならない。
わかっている。全てわかっている。
それを踏まえた上でも俺は、今、伝えるべきだと思った。だから――
「だって俺は、俺は――」
「作本先輩、今日近くのスーパーで卵安売りしてますよ!? 行きましょう!」
「は? 卵? なんのことだ……」
俺は服をくいくいと引っ張る田島に毒気を抜かれ、はぁと小さく息を吐く。
そして髪をぽりぽりと掻いて、俺は水越先輩に向き直る。
「本当に嫌じゃないんです。むしろ楽しいんでやりたいなと思っただけです。それではまた、生徒会選挙後に」
俺は一礼して教室を後にした。
今日言えなくて今後言える日が来るのだろうか。……ま、来てもそれは夫馬先輩への気持ちが冷めてからになるだろうな。
――と、俺はこの時軽く考えていた。
でもこの件をきっかけに、田島は徐々に変わり始める。
*
「ったく、卵なんてどうでもいいだろ」
「よくないですよ! 卵って幾つあっても無駄じゃないんです!」
「まあ確かに万能だとは思うけど……」
スーパーに来て愚痴を垂れ零す俺に嫌味感無く田島は応じる。
その辺を見ていると、やっぱりこいつは良い奴なんだなと思える。卵どうたら言うあたりも家庭的で、水越先輩がいなければ好きになっていたかもしれない。
「百九十八円……これ安いのか?」
「! や、安いですよ? お買い得です!」
「へぇ、そうなのか。じゃあ俺も買うか」
「え……そ、そうですね」
なんかぎこちない返答の田島を訝しみながらも、俺は卵を買った。
「すみません、わたしの買い物に付き合わせてしまって」
「いや、俺にとってはちょうど良かったよ。今日帰り遅らせろって言われてたからな」
「へぇ、そうなんですか。先輩にそんなこと伝える人いるんですね」
「馬鹿にされてる? 馬鹿にしてるね?」
俺が言うと、ふっと笑いが起きる。
他愛もない会話。だけど俺は自然と返事が出来るようになっていた。
感謝しねぇとな、志音に。
俺達はそのまま場繋ぎのような会話で帰路を歩み、交差点で手を振って別れた。
別に何も無い。俺が田島と話すだけ、そんなの誰にも関係ないしなにも起きないと思っていた。
――けど、俺の背後には瑠璃色の双眸が監視を続けていた。
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