第8話 『田島と水越先輩は同盟して』
「せーんぱい♡」
「うおっ! ……マジで家近いのか」
家を出て二分、歩いていると後ろから田島に声をかけられた。
「わたしにとっては願ったり叶ったりです」
「あ、そう。俺にとってはどっちでもよかったりどっちでもよかったりだよ」
「えー……酷いですよぉ」
むーと頬を膨らませる田島。
まったく、こっちが意識しないようにしてんのにそういうことするなよ。
俺はそんな田島相手に意識しないよう、昨日磨いた会話スキルを発動させる。
「学校には慣れたか?」
「……どうでしょう。慣れたんじゃないですか?」
「いや、疑問形にされてもなぁ」
うーん……昨日身につけたスキル、無意味すぎたかもしんねぇな。
妹だから会話出来たけど、他人――それも女の子だと緊張が俺を襲うんだよ。
つーんと口を尖らせて考え込む俺に、田島はハッとしてから口元を緩ませて。
「もしかして先輩、会話について何か学んだんですか?」
「昨日ちょっと練習をな。まあ結局自己満だったわけで意味ねぇんだけど」
「それって、女の子ですか……?」
「女の子だな」
俺が言うのもなんだが、志音はとても可愛い。俺にとってはコマツナよりも可愛い存在である。シスコンここにあり!
すると、田島はどこか納得しない様子で俺の横腹を突く。
「先輩、女たらしだったんですね」
「まじかよ、なんでだよ」
「むぅー! 先輩、一ついいですか?」
「別に何個でもいいけど」
駅まではもう少しあるので、話すにはちょうどいい。
しかもこれは、昨日はあんまり回答できず「おう」とか「ああ」と答えることしか出来なかった。いや、さっきまで泣いてた女の子と話すの緊張するから!?
誰に言い訳しているのかわからないが、俺は気を取り直して田島の声に耳を傾ける。
「先輩の中で一番仲のいい女の子って誰、なんですか? やっぱり小松さ」
「圧倒的に志音だな。間違いねぇ」
「まだ女の人が……!? ライバルがいっぱいです……!」
勝手に対抗心を燃やす田島に俺は疑問を抱きながら、昨日の志音との会話を思い出す。
そういえば志音は今日、帰りが遅いから帰るのを遅らせてと言っていた。
相手をコマツナにしようと仮説を立ててみよう。遊び人のコマツナに「どっかで遊ばない?」と問えば、睨まれ殺気出されで俺は生まれたての子鹿と化す。
となれば必然的に相手は一人しかいないわけで――
「田島、今日の帰り――」
ピコーン
「また間の悪い……メールだ」
「先輩、周りに女の子多いですもんね」
「何それ。てかマジ?」
鼻の穴を膨らませて喜ぶ俺をジト目で見てくる田島。おっと、俺の評価だだ下がりじゃね?
そそくさとスマホを開いてメール画面にたどり着くと、相手はコマツナではなく水越先輩だった。マ?
なんだろう。良い内容かな、悪い内容かな。……さして話してもねぇのに悪い内容なんてねぇだろ!
と、その意気でタップして開く。
そこには――
『放課後、例の教室に来てくれるかしら? 予定があるなら無理しなくていいわ』
と、書かれていた。
水越先輩は知らない。俺に友達がコマツナしかいないことを。
水越先輩は知らない。その友達も友達と呼ぶにはあまりにも関係性が薄いことを。
水越先輩は知らない。『予定があるなら』の前提が既に俺を傷つけていることを。
というわけで、俺はすぐさま『わかりました』と打って返す。
「ごめんな、田島。さっきの話は忘れてくれ」
「ええ!? 気になるじゃないですか!」
揺さぶってくる田島に俺は小さく息を吐いて、
「帰りどこか寄らねぇかって言おうとしたんだけど、予定が入ったんだよ」
「予定ってなんですか?」
「呼び出し。だからまあ……なんだ、忘れてくれればいい」
「わたしも付いてってはダメですか!?」
えー……なんで?
俺の嫌がる素振りにキラキラの眼差しで応答する田島。断りにくいなぁもう。つーかその顔可愛いな、なんだそれ。
「じゃあメールしてみるけど、断られたら来んなよ?」
「もちろんです。そこまでわがままにはなれませんし」
「もう大概だから」
そんな他愛もない会話をしながらメールを打つと、すぐに返事は返ってきた。
『別にいいけど……出来れば口が堅い方がいいのだけれど』
「……だってさ」
「大丈夫です! わたし、口が堅い方ですので!」
「えぇー……マジ信用するからな?」
俺は田島の言葉を素直に信じて、『大丈夫だと思います』と水越先輩に返して電車に乗った。
*
「失礼します」
「そうかしこまらなくていいわ」
「はは、ありがとうございます」
俺は照れながら定位置と化した水越先輩の隣にある椅子に腰をかける。
「今日は長机があるんですね」
「床に鞄を置いていても汚れるかもしれないから。好きに使っていいわ」
「ありがとうございます」
やっぱり優しいな、水越先輩は。
こんな美人で優しい水越先輩に好かれる夫馬先輩……羨ましすぎる!
「お茶でも淹れるわね」
「そ、それくらい俺が……」
「気にしなくていいわ。後輩だからってやらせるのは好きじゃないもの」
「そう……なんですか? じゃあお言葉に甘えて……」
俺のために水越先輩が茶を淹れてくれる。もうこれ、夫婦みたいなもんだよね!?
妄想力しか取り柄のない俺には、熟年夫婦としか思えない!
妄想が膨らむ俺だったが、ガラッと開いた扉の音で消滅した。
「せんぱーい、やっと見つけましたぁ」
息を荒くした田島が、この教室にたどり着いてしまった。
「誰?」
「あ、初めまして。作本先輩の後輩の田島碧海って言います」
「田島さん? 柊の言っていた子かしら?」
「そうですよ」
「あみとぅーんって呼んでください」
「じゃあ私のことはゆずって呼んでもらえると嬉しいわ」
「じゃあゆず先輩ですね!」
つかつかと歩いてくる田島のため、水越先輩が椅子を出す。……誰も突っ込まないから俺が言おう。あみとぅーんってなんだよ!
どこに置こうか悩んでいると、田島が俺の隣に来たので水越先輩もそこに置く。……あれ、俺ハーレム?
異世界行かなくても家庭教師じゃなくても、ハーレム状態って作れるんだな! しかも俺の好きな人がいるわけだし! その人にも好きな人がいるから、俺の方に振り向かないけどね! ……ダメじゃん。
「で、なんで集まったんですか?」
「説明していなかったの?」
「説明どころか場所も伝えず置いてこうとしてたんで。無理でしたけど」
「そんなことしようとしてたんですか!? 酷いです……」
「それは確かに酷いわね」
「ですよね、酷いですよね。悪かった悪かった」
「謝り方適当じゃないですか……?」
謝罪と共に会釈程度に頭を下げると、田島は明らかに困惑していた。
だけどそこには追求せず、水越先輩は先に進む。
「この教室では、私の恋愛相談に乗ってもらいたいの」
「作本先輩とのですか!?」
「それはないわ」
「え?」
唐突に初見ス〇イズ最終回並に精神的ダメージを負っていると、誰の目にも入らない俺なんかは無視られて話が進んでいく。
「相手は夫馬和颯。その人との恋路を応援し、手伝ってもらいたい。それが私が彼と契約した話」
契約? なんかすげぇ重い話になってる?
氷漬け女の子と大精霊並の信頼度が無いと、契約って簡単に裏切られるよ? 俺はバルスじゃねぇから大丈夫だけどね!
すると、田島は立ち上がって水越先輩の手をとると。
「わたしも応援させてもらいます! 良い方向に転がるよう、頑張りましょう!」
「あ、ありがとう……。頑張るわ」
謎の意思疎通が生まれていた。
だけどそこに、俺の手は合わさってなかった。……近距離遠距離遠距離恋愛になっちゃったよ。
「水越先輩、同盟組みませんか? その名をこの教室の名前にするんです」
「いいわね、それ。名案だわ」
「……迷案だろ」
俺のツッコミは棄却どころかスルーされ、二人は考え込む。先に口を開いたのは、田島だった。
「愛する乙女同盟……略して『愛乙同盟』でどうですか!?」
「却下」
「え、なんで作本先輩が答えるんですか!」
……なんでもクソもねぇだろ。
何も疑問に思わず『愛乙』とか付けるお前の神経のがやべぇだろ。
この話は一旦保留として、恋路について話を進めていくよう促した。
……田島連れてきたの失敗だったなぁ。
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