二限目 『好きだからこそやるべき事について』

第7話 『会話の術』

 ……これはあれだね、気まずいというヤツだね。

 隣には泣いている後輩。しかもその後輩はずっと顔を伏せて、嗚咽をもらしている。


 うーん……どう声をかけたらいいものか。

 俺は気まずさに耐えられずにちらちら外を見ていると、知らずうちに田島はこちらをジト目で見ていた。


「わたしの泣き顔、見ました?」

「え、見たけ――ってぇな!」

「忘れてください、忘れてくださいー!」


 足を踏んでから肩を揺さぶる田島。

 俺何したの? なんで拷問受けてんの?


「涙は女の武器なんです」

「そんなんじゃ踏まれた側は納得しねぇよ」

「だから忘れてください」

「へーへー」


 この押し問答は俺が折れない限り終わらない。大人な俺はそれを悟ってすぐに折れる。

 まあ、んな立派な信念俺にはねぇけどね!


「忘れるから戻ろうぜ。もう涙も止まったろ」

「忘れてないじゃないですか」

「……失言」


 ジト目の女の子は可愛い。

 そういう男はいるだろう。だけど、俺は今の田島を可愛いとは思えない。なんなら怖い。……状況ですね。


 失言を隠すように俺は立ち上がって田島に手を差し出す。


「行こう――!?」


 差し出した手を引いて、田島は自分の胸を俺をうずくめた。


「もう少し、話していたいんですけど……ダメですか?」

「……ッ!」


 俺はすぐさま胸から顔を上げると。


「ばっか! そういうのは気安くやるなっつーの!」

「……」


 熱くなった顔を服で拭って、俺は窓際に立つ。

 ……クソ、なんなんだよ。その気になったらどうすんだよ。


 窓際で涼んだ俺は未だ座り続ける田島の隣に腰をかけ直す。

 キョトン顔の田島に俺は羞恥を覚えながらも答える。


「話、すんだろ? ちなみに自慢じゃねぇけど俺に話を広げる術はねぇよ?」

「……あはは、いいですよ、そんなこと気にしなくても。――わたしは、先輩が隣にいてくれるだけで十分なんです」

「ハッ、そうかよ。変わってんなぁ、お前も」


 俺たちはくつくつと肩を揺らしながら、授業終了のチャイムが鳴るまで話し続けた。


 *


「ただいま」


 学校で久しぶりにいろいろ話して、ほくほく顔の俺が帰宅すると、フライ返しを持ったエプロン姿の妹――志音しおんがいた。


「お兄ちゃん、いつも帰ってくるの早いね」

「誘拐される時間帯になる前に帰る、志音が真似出来る兄にならなきゃ行けねぇだろ?」

「……別にそんなことしなくていいよ。明日は遅く帰って来て。志音、友達とカラオケ行くから晩御飯遅れちゃうし」

「なら俺が作るよ」

「それは間に合ってます」


 過去に俺がゲソバターピーナッツ和えを超える不味さの晩御飯で、志音がはだける間もなく倒れたことがある。

 なので俺には任せてくれないのだろう。


「わかった? 明日は遅く帰ってきてね」

「わかったわかった」


 夫婦なら「早く帰ってきてね、うふ♡」なのに、俺と志音は「遅く帰ってきてね、うふ♡」となっている。うふは盛ったな。


 だが、俺は明日虚しい無職者みたいに遅く帰らなければならない。

 何も無いのに適当にぶらぶらして、適度な時間に帰宅。なにかしてきた風を装って帰る、その虚しさったら無いよね!


 将来『主夫』候補最終選考まで残っている俺には、きっとこれ以降ない経験だけど。


「今日の晩御飯何?」

「ハンバーグだよ」


 リビングに入って制服を脱ぐ俺に、志音は答えてくれた。


「もうすぐ出来るから待ってて」

「あざーす」


 俺は適当な返事をして、テレビを付ける。

 相も変わらずニュースは俺には合わない。夕方にもプリ〇ュアやればいいのに。あれ、もはや年齢層高いじゃん?


 付けたテレビはすぐさま消されて、俺はスマホをいじる。

 すらすらーっと動かす俺を見てか、志音が声を投げる。


「メールしてんの?」

「え? 誰と? 出来てもAI相手しかないけど」

「……そっかぁ」


 落胆する志音に、俺は首を傾げてスマホに視線を戻す。


 最近のスマホって携帯『電話』の部分っているのかな? もはやゲーム機と何ら変わらないと思わない? イコールP〇4だね!


 なんて馬鹿げた思考を働かせているうち、志音は完成させたハンバーグを持って食卓に並べた。


「出来たよ」

「おー、ありがとう。今日も美味そうだな」

「そう? ありがと」


 にへらと笑った志音にに息を漏らす。

 そしてハンバーグを一口。うむ、美味。


「――お粗末さま」

「何気に礼儀正しいな」


 あまり出来すぎた妹だと、兄として立場がねぇよ。

 食後に少量の茶で喉を潤すと、俺は適当に話し出す。


「志音、その……なんだ。学校楽しいか?」

「突然どうしたの? ちょっとキモい」

「キモいって家族に言われるのが一番心抉られるって実体験得れたよありがとう」


 感謝を忘れない俺ってば礼儀正しいね。

 突然会話を始めようとした俺に違和感を感じ取ったのか、志音が口を開いた。


「何かあった?」

「質問返しはよくあるけど、質問を躱されて全く別の質問がくるとはな。――あったね、ちょーあった。俺にはコミュ力があまり足りてないって」

「そりゃあ人と話さないんだし、当然じゃない?」


 意外と辛辣な回答に俺は「おお」と声を漏らしてしまう。

 いや、まあ当然だけどね? なんつーか、妹に人と話さないって言われんのは違うかなーって思ったりしちゃうわけで。


「なんつーの、話し相手になってくれねぇか?」

「んー、いいよ。志音暇だしね」

「ありがとう暇人。とりあえずテレビの話題からしていこうか」

「突然話したくなくなった」


 なんて毒づきながらも、志音は俺との会話に付き合ってくれた。

 これできっと、俺も田島と話す時に無理させずに済むな。


 *


「わかったよ、お兄ちゃん」

「ほう、何が?」


 会話を始めて三十分、志音はぽんと手を打つと話をさえぎった。


「お兄ちゃんの話は面白くない」

「すげぇな、お前。傷抉りの名人じゃん」

「だってさー、お兄ちゃんの話わかんないんだもん」

「え、何が」


 テレビの話からゲームの話、そして漫画からラノベに話を移行させたのだが、志音はどうやらそれが不満らしい。


「ラノベ? っていうのかな。それ志音知らないもん。べらべら話されてもとりあえず頷くことしか出来ないよ。異様に早口だし」


 それはオタク特有のヤツだから!

 抉る気なくても抉ってくる辺り、もうそれ特殊能力じゃん。


 俺はズーンと項垂れる。

 そんな俺を見てか、志音はにへらと笑って提案を出す。


「その、さ。ラノベってヤツを読むのやめたら? うん、それがいいよ」

「知ってる? 翼君はボールが友達なんだって。じゃあ俺は? 本が友達。小説、漫画両方とも。これなくなったら俺の学校生活どうなると思う?」

「え……っと」


 俺の質問に固唾を呑む志音。

 ふっと笑みをもらして一瞬伏せた顔を上げると、


「死ぬ」

「重いよ!」


 ぎゃーぎゃーやり合いながら、俺の一夜は過ぎていった。

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