休み時間 『田島碧海は男嫌いについて』

第6話『たとえ嫌いでも』―side田島

 昼休み、わたしは作本先輩の分の弁当を作って教室に尋ねた。


「作本せぇんぱい! ……あれ、どこですか?」

「あいつならいないよ」


 先輩を探すわたしに、昨日少し話した男の人が声をかけてくれた。

 実際、昨日彼らと話したのは三分も満たないと思う。すぐに先輩を見つけれたのは、わたしにとってすごくだった。


「そうなんですね、ありがとうございま――」

「待って待って! せっかく来たんだからさ、一緒に食べようよ! もしかしたら作本も戻ってくるかもしれないじゃん?」

「そ、そうですね……。では御一緒させていただいてもいいですか?」

「そう硬くならなくていいからさ! 食べよ食べよ」


 彼はきっと、優しさのつもりで言ってくれていると思う。だけれどわたしは、それがしかたがなかった。


 掴まれた手を振り払って機嫌を悪くさせても、それは良くない事になる。

 わたしが先輩と付き合うにあたって、周りとの関係性も良好にしておかなければならないから、一緒に食べた方がいい。


 わたしは彼の指示する場所に着くと、四人のグループだった。

 四人なら……と思ったけど、全員ピアスしていて髪も派手。いわゆるオラオラ系の人達であるのは人目でわかった。


「だれだれ〜? めっちゃ可愛いじゃん、ちょータイプだわ! やべー」


 一人の男が食いつくと、他も興味津々のようで食いついてくる。

 ――本当はとても怖い。今すぐにでも逃げ出したい。けど、作本先輩と付き合いたいから……わたしは『合う人』を演じる。


「初めまして、わたし田島碧海って言います」

か、よろ〜」


 促されて座ったのは、ちょうど教室の真ん中。そしてわたしを取り囲むように、彼らは椅子に腰をかける。


「君って昨日の放課後に来てた娘だよね? なになに、俺たちに気があるとか?」

「マジ? それ、ちょーやべぇっしょ!」

「あはは、もう、そんなことばっかり言ってしまったら恥ずかしいじゃないですかぁ」


 わたしは隣の彼の肩を叩いて、否定でも肯定でもない曖昧に返す。

 そんなわたしが気圧され気味になっている事に気がついたのか、リーダー格の男がぱんぱんと二回手を叩いた。


「あんまり話しかけすぎては可哀想じゃないかい?」

「ッスね、サーセン」


 彼にはリーダーとしての資質が備わっていることは、来たばかりのわたしでもわかった。

 静かになった三人の代わりに、リーダーが口を開いた。


「ごめんね、彼らがうるさくて。僕は服部純己はっとりじゅんき。純己って呼んでくれていいから」

「純己先輩……」

「じ・ゅ・ん・き」

「純……己」

「うん、それでいいよ」


 自己紹介に続いて、大柄のパツキンが浅生唯翔あさいゆいと

 中柄のやべーやべー言う彼が慎野環太まきのかんた

 小柄の大人しめだけどピアスをして、髪を赤く染めているのが徳留堅信とくとめけんしん


「うーん……」

「えっと、どうしました?」


 やたらずっと見てくる純己に、わたしは耐えられずに尋ねた。


「可愛いなって」

「それ口説いてるんですかぁ? あはは、なんて……」

「そう捉えてもらっても構わないよ?」

「……へ?」


 冗談気味に言ったつもりなのに、純己は不敵に笑って答える。

 良好な関係を築かなければならない。それをわかっていても、付き合うのはNGだ。


 彼らはきっとだと思う。

 だからわたしは仲良くしていきたいけれど、付き合ってしまうのは唯一出来ない。


「冗談はやめてくださいよ〜。時間無くなっちゃいますよ、食べましょう」

「ふ、そうだね、食べよ――っと」


 上手く乗せて純己を食べるように仕向けた。

 と思った矢先、純己は弁当箱に入っていたミートボールを落とした。


「あ、ごめんね。大丈夫?」

「大丈夫ですよ、気にしないでください」

「そういうわけにはいかないよ」


 落とした先はわたしのニーハイソックスだった。

 多少の汚れはあるものの、別にハンカチを使えば落とせそう。


「あはは、気にしなくていいですって。それより昼休みが……」

「ダメだよ、シミになるかもしれない」


 何故かやけに真剣な純己に、わたしは戸惑いを隠せない。

 どう切りかえそうとしても、彼はそこについての追求が止まらない。

 ――刹那、彼は信じられないことを言い出した。


「脱いで」

「……へ?」

「応急処置にはなるけど、僕が今から洗ってくるよ。それでも無理ならクリーニングに出すしさ」

「い、いやいや〜もう、冗談きついですよ? みなさんも何か言って……」

「脱ぐべきっしょ! やべー」

「汚れてしまったら元も子もない。純己に洗ってもらえ」


 四対一。しかも一は女で、四は男。

 誰がどう見てもわたしの押し負けは明らかだった。


「ね、早く」

「ッ!」


 ニーハイソックスに手をかける純己に、わたしは何も言えずに笑顔を浮かべておく。

 逆らってしまって、作本先輩の友達関係を壊すのだけは避けなければ……。


「わ、わかりました……」


 手を払うことなく、わたしは脱がされるがままにしていると――


「仕方ないよね」


 そんな声が鼓膜を震わすと同時、半分脱がされたところで玲瓏な声が教室に響く。


「純己達、伝えるの忘れてたけど小橋先生呼んでたよ?」

「小松さん、それはもう少し早く言って欲しかったかな」


 そこまで言うと、彼らは立ち上がって職員室に向かった。

 余程何かがあるのか、疑うこともせずに向かう背から目を切って、わたしは助けてくれた彼女の方を向く。


「あ、ありがとうござ……」

「礼はいらない。一つだけ忠告、田島さんの誰にでもボディタッチする性格はこの学校には合わない。やめた方がいいよ」


 わたしは正直、彼女の言っている意味がわからなかった。

 けれど――後に知ることになる。


「ありがとうございました、コマツナさん」

「呼ぶなら小松先輩にして」

「あはは、わかりました。それじゃ小松先輩――いえ、ライバル……ですね♡」

「そのあざとさをやめた方がいいって忠告したのに……」


 やれやれと言わんばかりに小松先輩は首を振る。

 わたしはにひっと笑って弁当箱を片付けて小松先輩に頭を下げ、教室を後にした。


 *


 とぼとぼと歩く廊下、確かこれは特別棟に繋がっていたはず。

 特別棟は特殊授業でしか使わないから、人は少ないと聞いた。


(なら……ちょうどいいかな)


 そのまま歩いていくと、誰も使わなさそうな階段に腰をかけた。

 ふぅ……と息を吐くと、自然と涙がぽろぽろとこぼれ出した。


「あ、れ……あはは、おかしいな……」


 拭っても拭っても、涙が止まらない。

 安堵から来るものなのか単純に怖さが支配しているのか、わたしにはわからなかった。

 ただそれでも……涙は止まらない。


 ――そんな時、泣きじゃくる私の元に一人の男の人がやってきた。


「……田島?」

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