第5話 『近距離遠距離恋愛』

 翌日の昼休み、俺はあらかじめ弁当を持って職員室に来いと言われていたので向かうと。


「無事来たな。さあ向かおうか」

「どこにですか」


 つーか、無事にってなんだよ。知らねぇうちに世紀末になったの?


 当然ながらに俺の発言はスルーされ、小橋先生は職員室を出る。

 ついて行かなければ置いていかれるので、俺は無言で続く。


 ――着いた場所は俺がコマツナに呼び出された、特殊棟三階の右奥の教室。

 誰も使ってねぇと思ってたんだが、ここ部室だったのか。


「失礼」

「……小橋先生。何か御用ですか?」


 要件を問う水越先輩は、続いて顔を出した俺に興味を変えると。


「そちらの彼は?」

「入部希望者だ」

「えっと……作本柊です、初めまして」


 なんか、初めましてっていうの嫌だな。何年も想い続けてんのに。キモ。


 弁当を独りで食んでいた水越先輩は蓋を閉じて近くの机に置くと、


「初めまして。私は水越柚葉。よろしくね」

「あ、はい……よろしくお願いします」


 ただの一礼。だけど俺は、その流れから目を切ることが出来なかった。

 綺麗な銀色の髪が礼をする時に揺れる。五メートルくらいあったのに、匂いが届いたような気もした。


 心臓の高鳴りが抑えられない俺だが、小橋先生は背を押すと。


「それじゃあ水越、あとは任せる」

「わかりました」

「ふぁっ」


 すると、小橋先生は戸を閉めて去っていく。

 いやいやいや!? 男女二人閉じ込めるとか、何考えてんの!? 男って簡単に変身できんだぞ!? 尻尾あったらサルにもなれちゃう!


「はい、座っていいわ」

「ありがとうございます」


 積んであった椅子を下ろして、俺に座るよう促す。

 そのまま隣に腰をかけると、水越先輩は弁当を食べ始めたので俺も同様に食べる。


 ……くっそ、気まずい。

 黙々と食べ進めるが、気まずすぎて喉を通らない。あ、もちろん比喩表現だよ?

 結果としてはすげー勢いで無くなっていく弁当の中だが、先に食べ始めていた水越先輩は食べ終えていた。


 すると、何を思ったのか俺の方をじっと見てくる。比喩無しで喉通らねぇよ。


「あの……何かありましたか?」

「食事中に話すのはマナー的に悪いわ。食べ終わるのを待っているの」

「なるほど、急ぎますね」

「急がなくていいわ。喉に詰まったら大変よ?」


 心配してくれる水越先輩……容姿だけじゃなく中身も完璧なんだ。ますます俺と釣り合わねぇな……。

 それなりのスピードで飯を食べ終わると、残り十五分残した。

 そしてようやく本題へと入る。


「すいません、水越先輩。俺、なんの部なのか聞いてないんですが……」

「知らないのに入ろうとしたのかしら? 変わってるわね」

「……ッスよねー」


 水越先輩がいるから入ろうとした、なんて口が裂けても言えねぇよ。


「正式には部ではないわ。だから『部活動』の肩書きが欲しくて入ろうとしたのなら、やめておくことをおすすめするわ」

「いえ、別にそこはどうでもいいです」


 将来、俺が大学に行くにしろ就職するにしろ、『部活動』に所属したかどうかは大きなアドバンテージとなる。

 が、正直どうでもいい。いかんせん俺は、さして頭が悪いわけではないから。


「そう……じゃあ私をということね?」

「? 困ってるんなら助けますけど……」


 順風満帆な学園生活を送っていそうな水越先輩ですら、何かしらの悩みがあるのか。

 ぼっちとして天歩艱難な学校生活(主にグループ作って系。あれなんだろね、ウザくない? 誰もいねぇっつーの)を送る俺とは対極な人の悩みだ、少し緊張が体を支配する。


 乾く喉を唾で潤し、俺は黙りこくる。

 視線を彷徨わせ、頬をさくらんぼ色に染める水越先輩に俺の心臓は百十回の「愛している」を叫んでいるんだ!


「初対面でいきなりこんなことを言うのもどうかと思うのだけれど……」


 凛とした印象の水越先輩が、恥じらって口ごもっている。焦らしプレイ?

 つーか、やべぇだろ、この展開。読める、読めちゃうよ読んじゃうよ?


『初対面』『こんなこと』……で、極めつけは羞恥に染めた頬! 確定事項でしょう、これは。


 俺への告白イベント!


 まだ入学して二日目。これがラノベやマンガなら早すぎて話にならねぇ! と、読者も怒ってしまうところだが、当人である俺には関係の無い話。


 早すぎだろうがつまんねぇだろうが、俺は俺が付き合えるのならばどんな批判だろうと受け止める! それが一途に想い続けた相手とならなおさら!


 ごくりと生唾を呑み込む俺は準備万端。

 だがその時、俺の脳裏には『手伝ってくれる』と嫌な言葉が浮かび上がった。フラグじゃねぇこと祈――


夫馬和颯ふまかずさとの恋を、応援して欲しいと思っているの」


 俺はそれを聞いて、背筋に悪寒が走るを超えて凍りついた。

 水越先輩に好きな人がいる――のも当然ショックだが、それよりも相手だ。


 夫馬和颯、人の名前を覚えない(歴史上の人物を除く)俺だが、この男は知っている。

 生徒会副会長を務め、イケメンで爽やかで女人気の高い人物だ。

 だが、それ故にヤリチンではないか、だとか女を取っかえ引っ変えしているとの噂が絶えない。


 もちろん噂は噂。事実を確かめる術はあっても行動には起こせない。

 だから俺は、それとなく訊くことにした。


「水越先輩、夫馬先輩って……その」

「柊、柊くん、作本、作本くん……は、噂に踊らされるタイプかしら?」

「柊でいいですよ」


 呼び名に困った水越先輩は、俺のことをフルネーム全てを呼んでくれた……ってのは、今言うべき感想ではねぇか。


「時と場合によります」

「今回の場合は?」

「信じます」


 俺の即答に「そう」と悲しく呟いた水越先輩はこちらに悲しそうな表情を向けて。


「やっぱり誤解されているのね。悪い人じゃないわ。私が保証する」

「そう、なんですか……」


 そこまで言われてしまうと、俺は黙るしかなかった。

 意志が固い。その部分は俺とも共通していて、確かに水越先輩に批判があれば俺も止めに入りたいと思う。


「嫌ならいいわ。もう戻ってもらって」

「……嫌じゃないですよ。俺でよければ協力します」

「本当に!? ありがとう、柊!」


 先までの表情から転じて、パァっと明るくさせた水越先輩は俺の手を握る。

 うおおおおおおお!? なんだ、何が起こった!?


 柔らかい手、白くて艶のある肌。そして程よく強調された胸元が俺の視線を引き寄せる。どこぞのポンコツクルセイダーのデコイ並に破壊力抜群だ! ……俺、魔物?


 こんな相手のデコイならほいほい寄っていきたくなるな……と魔物に共感しつついると、水越先輩は「ふふっ」と笑って。


「改めてよろしくお願いするわ、柊。メアド交換してもいいかしら」

「もちろんです!」


 俺はすぐさまスマホを取り出して、家族プラスコマツナしかいないメアドに水越先輩が追加された。

 家族か水越先輩かどっちのメアドを消すか問われれば即答で家族、と答えられるほど強力なメアドを手に入れた俺は、ほくほく顔で部室(?)を後にした。


 こうして、一途に想い続けた先輩の恋を応援するという、客観的に見れば異様な光景が完成したのであった。

 …………近距離遠距離恋愛だな。


 *


 残り五分となった昼休み。

 あまり早く行くと俺の席が乗っ取られていた場合に「返して」と言えないので、少し教室を出てしまった場合は残り三十秒くらいになるまでは戻らない。それが長年ぼっち(いていないような友達はノーカウント)をしてきた者から言える助言である。


 どうせなら誰がいるのか、と特別棟を探索することにした。

 これでキッスしてる人見つけたらどうしようかな、精神が入れ替わることを祈ってやろう。


 と、そんな心持ちな俺の耳に、嗚咽する女の子の声が響く。

 行っていいものかどうか、俺は悩んだがどうしてか見過ごしてはならない気がして向かうと。


「……田島?」

「!? ……ぐすっ……さ、さくもとせんぱぁ〜いぃぃぃ!」


 泣きじゃくる田島は、俺の胸に顔をうずくめて嗚咽を繰り返した。

 ……何があったんだ?

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