第3話 『明日、ラブコメを左右する』

 二年生も始まって一時間。

 そんな短時間で二度の呼び出し。しかも美少女と美人。

 友達一人しかいない俺のラブコメは、やはり二年から始まったのだ――と、思ったのは数秒前。今は命の危機を感じてます。女は愛嬌だろ!?


「作本、私は怒っているわけじゃないんだ」


 はい、出ましたテンプレ。これ怒られますね、確実に。

 女は愛嬌だろ!? ……でも、男は度胸だもんね!? 真摯に受け止めるしかないよね!


 小橋先生はコーヒーを一杯啜ると、


「きっかけが出来てよかったと思っている」

「きっかけ、ですか」

「そうだ。私は一度、君と話して見たかったんだ」


 再度啜ると、カップを机に置いた。

 釣られて俺も視線を送るが、やっぱり男であった。巨乳に目がいく。

 美人巨乳で眼鏡付き。黒のスカートの先からは綺麗な脚に黒のタイツ。え、なにこれ、お子様ランチより豪華じゃん。知ってる? お子様ランチって量少ないけど豪華なんだよ?


 と、めちゃくちゃどうでもいい情報をねじ込んだ俺を話聞いてないとみなしたのか、紙束で叩かれた。


「話を聞け」


 このご時世、その軽い叩きですら叩かれる。ややこしいな。

 ネット社会は便利であると同時に大量の人を殺している。手を使わず、文字だけで自殺まで追いやるインターネットは、もはや魔法と変わらない。


 そして俺は、ネットをよく利用している。つまるところ、俺は魔法少年しゅう☆マギカとなる。もちろん適当である。


 そんな馬鹿げた思考をリセットすべくまた叩かれた。モグラとなってキレてやろうかしら。


「君は色んなことを考えているな」

「まあ……そうですね。することと言えば読書か妄想の二択ですので」

「虚しいな……。しかし読書か、例えばどんなのを読むんだ?」

「そうですね、青春とは嘘で〇り悪である、なんてのが名言な小説ですかね」

「……よくわからないが、やめた方がいいんじゃないか?」


 心配してくれているのか、止めに入る小橋先生。

 だが心配ご無用、暇人である俺が選り好みして愛読と化した本だ、読まざるを得ない!


「小橋先生も読みますか?」

「……まあ、気が向いたら読むとしよう」


 あ、読まないヤツですね?

 友達一人でも大量の本が取り囲む俺にとって、言葉の本意はそれなりに理解しているのですよ?


 ――それはいいとして。


「もう戻っていいですか? あと五分でテスト始まるんですけど」


 俺の通う学校は少し特殊で、始業式の後に一限分宿題テストが実施される。

 明日残り二教科やって授業となるのだが、まったくもってなんで今日一回やるのかわかんねぇ。高校生に戻る被検体じゃねぇんだから。


 俺の吐いた言葉に小橋先生はふっと口元を緩ませると。


「気にするな、君のクラスの担任は私だ。多少遅れても見逃してやろう」

「嬉しくない情報ありがとうございます」

「それだけ胸を凝視しておいてか?」

「まったく、巨乳は最高だぜ!!」

「パロディか、機転の利く奴だ」


 コーヒーをぐびっと飲み干した小橋先生はカップを片付けるべく立ち上がって水場に向かった。

 え、小橋先生ってラノベ読まないけど漫画は読んでんの? それともアニメかな? すげぇな……なにがだよ。


 カップを片付けを終えた小橋先生が戻って来ると、テストと思われる紙束を整えて。


「去年から思っていたが、君は友達を作らないのか?」

「友達って作るもんなんですかね?」


 俺はふぅ……と小さく息を吐いて、最大のキメ顔を作る。


「友達って……既になっていて確認しなくてもいいような存在、の事を指すと思うんですよ」

「じゃあそんな存在、君にとって誰になるんだ?」

「ふっ……当然ですけど、いませんよ?」

「ダメじゃん」


 先生からそんな事を言われる日が来るとは……と、驚きも混じえながら、小橋先生が教室に向かうので俺もついて行く。


「友達がいないのは不便だと思うが?」

「簡単に『友達』と呼べる人が現れるのであれば、俺の周りには友達だらけですよ。暴走族もビックリ」

「きっと君は作本ウォールを張っているんだ。取り外せば友達も出来る」

「はぁ……」


 マジで漫画読んでそうだな……。

 つーか別に張ってねぇんだけどな。張るならA〇フィールド張りてぇよ。無理だけど。


 そんな俺をちらと横目で一瞥した小橋先生は、ぽつりとつぶやいた。


「話が逸れすぎて要件が伝えられなかったな。放課後、また職員室に来てくれ」

「はぁ……は? 嘘だろ?」


 再度、ペシッと叩かれた。


「歳上には敬語を使いたまえ」

「嘘ですよね?」

「事実だ。忘れるなよ」


 事実なのかよ。無駄叱られじゃねぇか。

 それからは何事もなく、教室へとたどり着いてテストも終わった。


 *


 俺が鞄に荷物を詰めて立ち上がると、はぁはぁと息を切らした田島が扉前に立っていた。

 そして息を整えながら近づいてくる。なんだかえっちぃね……嫌いじゃないです。


「作本先輩、一緒に帰りませんか?」

「ああ、いい――くねぇんだわ、悪い」


 肯定しようとした刹那に背筋に悪寒が走った。担任である小橋先生の視線だ。


「なにかあるんですか?」

「呼び出し食らっててな、に。すぐ終わるとは思うけど先帰って勉強してろ」


 担任、その言葉が抜けるだけで誤解されかねない。

 俺の言葉を聞いて「んー」と首を傾げて悩む仕草をとる田島。クソ、そういうのでも男心くすぐるんだよ、気ぃつけて!


「それじゃあ待ってますね。初めての下校は一緒に帰りたいなーって思ってますので」


 にひっと笑う田島は、周りの視線を集めるほどに可愛かった。

 ……うーん、謎だなぁ。なんでこいつ、俺に近づいて来てんだ?


 *


「――で、なんで俺呼ばれたんですか?」

「頼みがあってな」


 そう言うと、一つの写真を取り出した。

 ――刹那、俺は目を逸らしてしまった。


「同中だと聞いてな……ん? どうかしたか?」

「な、なんもねっす……」


 銀色の長髪に白い肌。それだけでも周りを引きつけるのに、さらに特徴的なへき色の瞳。

 俺が見間違えるはずがない。一秒でも見れば誰だかわかる。


「水越柚葉って言うんだが、知っているか?」

「知ってます」

「有名だしな、知っていてもおかしくはないか」

「水越先輩がどうかしたんですか?」


 俺の問いかけに、回答を少し迷わせた小橋先生だったが、意を決したのか口を開く。


「水越の入っている部に、君に入ってもらいたくてな」

「よろこんで」

「即決……いいのか?」

「よろこんで」


 何度問われても揺るがない回答に、そうかそうかと小橋先生は微笑んだ。……笑うと美人だな、やっぱ。


「では、明日紹介しに向かうから、昼休み空けといてくれるか?」

「もちろんです」


 キリリとした表情にサムズアップ。さらにはキラリと輝く純白の歯まで向ける。


「ふ、キモイな」

「唐突な悪口」


 俺のナイスガイ感を高めたのだが、女性ウケ悪い。なんでだろうね、謎だね。

 ――だけど、こんなチャンス滅多に無い。きっと明日が、俺のラブコメを左右する大事な日となるに違いねぇ!


 俺は力いっぱいガッツポーズを決めるのに意識を注いでいたせいで、口元を緩める小橋先生に気が付かなかった。

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